第3話「駆け出し冒険者と『AR』ナビゲーション」

 一級鑑定士の称号と金貨20枚。異世界初日にしては、上出来すぎる成果だ。俺はギルドを出て、まずは宿と食事を確保することにした。クロエに教えてもらった、そこそこ綺麗で飯も美味いという宿に部屋を取り、硬い黒パンと塩気の強いスープではない、ちゃんとした夕食にありつく。ジューシーな肉の塊にかぶりつきながら、俺は今後の身の振り方を考えていた。


 鑑定士としてギルドに常駐するのも悪くない。安全だし、高収入も見込める。だが、俺がこの世界に来た目的は、元の世界に帰る方法を探すこと(と、楽して生きること)だ。そのためには、もっと広く世界を見て、情報を集める必要がある。


「やっぱり、冒険者として活動するのが手っ取り早いか」


 スマホのチート性能があれば、低ランクの依頼なら危険もなくこなせるだろう。


 翌日、俺は再びギルドへ向かった。掲示板には、昨日と同じように様々な依頼が張り出されている。その中の一枚に、俺は目を留めた。


依頼内容:薬草『月光草』の採取

ランク:E(初心者向け)

場所:迷いの森

報酬:銀貨5枚

備考:森の奥に生えているため、方向感覚に自信のある方推奨。


 迷いの森。いかにもな名前だ。だが、俺には【マップアプリ】がある。GPSは機能していないが、どういうわけか、この世界の地形データは完璧にインストールされていた。月光草の生息地らしき場所にも、ちゃんと目印がついている。


「これなら楽勝だな」


 俺がその依頼書を剥がしてカウンターに持っていくと、クロエが意外そうな顔をした。


「あんた、鑑定士じゃなくて冒険者稼業もやるのかい?」

「ええ、まあ。少し体を動かしておきたくて」

「ふーん。まあ、あんたなら大丈夫か。その依頼、ちょうどよかった。一人、困ってる子がいるから組ませてやってくれないかい?」


 クロエが指さしたのは、ギルドの隅でうつむいている、小柄な少女だった。フードを深くかぶっていて顔は見えないが、装備は使い古された革鎧と小さな剣。いかにも駆け出しの冒険者といった風体だ。


「あの子、リリアって言うんだがね。治癒魔法の才能はあるんだが、ドジで方向音痴で、いつも依頼に失敗しててね。そろそろギルドにいられなくなるかもしれなくて、見てられなくてさ」


 なるほど。お助けイベントというわけか。面倒はごめんだが、治癒魔法が使えるヒーラーがいるのは心強い。何より、クロエに恩を売っておくのは悪くない判断だろう。


「分かりました。俺でよければ」


 俺が快諾すると、クロエは満面の笑みでリリアを手招きした。


「リリア! よかったな! 一級鑑定士のタクミさんが、あんたと組んでくれるってさ!」


 その言葉に、フードをかぶった少女、リリアがびくりと顔を上げた。少し怯えたような瞳が、俺を捉える。


「あ、あの……わ、私が足手まといになるだけですから……」

「気にするな。俺も新人みたいなもんだ。よろしくな、リリア」


 俺が手を差し出すと、リリアはおずおずと、その小さな手を握り返した。


 こうして、俺は成り行きで少女とパーティを組むことになった。二人でギルドを出て、迷いの森へと向かう。道中、リリアはほとんど喋らなかったが、【翻訳】アプリ越しに聞こえてくる心の声は(一級鑑定士様だなんて……どうしよう、絶対失敗できない……)と、かなりうるさかった。


 森の入り口に着くと、その名の通り、似たような木々が鬱蒼と生い茂り、数メートル先も見通せない。リリアは完全に怖気付いていた。


「大丈夫だ。こっちだ」


 俺はスマホの【マップアプリ】で最短ルートを確認し、迷いなく森の奥へと進んでいく。リリアは、なぜ俺が全く迷わないのか不思議そうな顔で、必死に後をついてきた。


 しばらく進むと、茂みから低い唸り声が聞こえた。ゴブリンだ。3匹。棍棒を手に、涎を垂らしながらこちらを睨んでいる。


「リ、リリア! 下がってろ!」


 俺はリリアを背後にかばい、ギルドで買ったばかりの安物の剣を抜いた。剣なんて、体育の授業でやった剣道以来だ。勝てるわけがない。だが――俺はスマホの【AR(拡張現実)アプリ】を起動していた。


 すると、俺の世界だけが変貌した。


 ゴブリンたちの頭上には赤いHPバーが表示され、その体には急所を示すマーカーが点滅している。そして、俺の視界には、剣を振るうべき最適ルートが、青い光の線となって表示されていた。


「うおおっ!」


 俺はゲームのチュートリアルをなぞるように、その光の線に沿って剣を振るう。


 ザシュッ!


 驚くほど滑らかに、剣はゴブリンの急所――首を正確に捉えた。一匹が悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちる。


「え……?」


 後ろでリリアが息を呑むのが分かった。俺は構わず、表示される光の線に従い、残りのゴブリンも次々と斬り伏せていく。まるで、何十年も剣を振るってきた熟練の剣士のような動きだった。


 戦闘は、あっという間に終わった。


 俺はぜえぜえと肩で息をしながら、自分の手を見つめた。ARナビがあったとはいえ、体が動きについていかない。


「す、すごい……。タクミさん、本当に鑑定士なんですか……?」


 リリアが、尊敬と畏怖の入り混じった瞳で俺を見ていた。


「ああ、まあ……少しだけ、剣もかじっててな」


 ごまかしながら、俺は【マップ】が示す目的地を指さした。


「それより、急ぐぞ。月光草は、もうすぐそこだ」


 こうして俺たちは、いとも簡単に月光草の群生地にたどり着き、依頼を達成した。ギルドに戻り、報酬を受け取ると、リリアは深々と俺に頭を下げた。


「ありがとうございました! タクミさんのおかげです!」


 その顔は、初めて会った時とは比べ物にならないほど、晴れやかだった。


 どうやら俺は、この世界で初めて、誰かの役に立てたらしい。


 悪くない気分だった。スマホの画面に表示されたバッテリー残量は、相変わらず『100%』で輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る