異世界ではスマホが最強でした~アプリをタップするだけで神魔法が発動し放題~
希羽
第1話「圏外スマホと聖なる光」
「……進捗率98%……バグ修正……あと、2件……」
うわごとのように呟き、相沢拓海(あいざわ たくみ)、享年28歳は、その短い社畜人生の幕を閉じた。
最後に見た光景は、エナジードリンクの空き缶が林立する自席のモニターと、そこに表示された大量のコード。過労だった。あまりにも、あっけない最期だった。
次に意識が浮上した時、鼻をついたのは、嗅いだことのない獣の匂いと、土埃の匂いだった。
「ん……?」
重い瞼をこじ開けると、視界に飛び込んできたのは、薄汚れた石畳と、壁のシミ。どうやら自分は、ごみ溜めのような路地裏に倒れているらしい。体を起こすと、節々が軋むように痛んだ。
「……夢、か?」
しかし、頬をつねると、はっきりとした痛みがある。夢じゃない。だとしたら何だ? 会社の誰かの悪趣味ないたずらか?
辺りを見回す。石やレンガで造られた、まるで中世ヨーロッパのような街並み。行き交う人々は、革鎧を身につけた屈強な男や、粗末なローブを纏った商人らしき人々。彼らの話す言葉は、まったく聞き覚えのない言語だった。
「……マジかよ。異世界転生ってやつか」
ブラック企業で心身をすり減らしながらも、唯一の癒しだった深夜アニメやラノベで散々見た、お約束の展開。まさか自分の身に起きるとは。
呆然としながら、無意識にズボンのポケットを探る。そこには、いつもと同じ感触があった。過労死するその瞬間まで、手放すことのなかった相棒――スマートフォンだ。
「……だよな。あるわけ……」
あった。冷たくて硬い、長方形の板。画面にはヒビ一つ入っていない。祈るような気持ちでサイドボタンを押すと、見慣れたロック画面が、周囲の薄暗がりの中で鮮やかに浮かび上がった。
「ついた……!」
思わず声が漏れる。だが、すぐに冷静になった。電波は当然「圏外」。まあ、そうだろう。問題はバッテリーだ。絶望的な気持ちで画面の右上を見ると、そこには信じられない表示があった。
『100%』
「は?」
何度見ても100%。しかも、心なしかさっきより充電アイコンが輝いている気さえする。ありえない。俺のスマホは、最新機種でもなければ、半日も使えばバッテリーが切れるポンコツのはずだ。
その時、スマホのホーム画面に、見慣れないアプリアイコンが一つ、自動で生成されていることに気づいた。デザインは、吹き出しが二つ重なったようなシンプルなもの。アプリ名は【翻訳】。
「まさか……な」
半信半疑で、そのアイコンをタップする。アプリが起動した瞬間、世界が変わった。
「おい、そこのお前! こんなとこで何してやがる!」
路地の入り口に立つ、ガラの悪そうな男二人が話す言葉が、まるでテレビの吹替音声のように、クリアな日本語として頭に流れ込んできた。
「……日本語?」
「あぁ? 何言ってやがる。初めて見る顔だな。どこぞの田舎者か?」
通じてる。いや、違う。俺が彼らの言葉を理解できているんだ。
【翻訳】アプリ……まさしく、チートだ。
男たちが、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。完全にカモだと思われている。まずい。
「身ぐるみ置いていきな。そうすりゃ、痛い目見なくて済むぜ」
「や、やめてください……」
情けない声が出た。SEだった俺に、戦闘能力など皆無だ。絶体絶命。その時だった。パニックになった俺の手が、スマホの画面をめちゃくちゃにスワイプし、あるアイコンをタップしてしまった。
【フラッシュライト】。
次の瞬間、スマホの背面カメラの横にあるLEDライトから、路地裏の闇を切り裂くほどの強烈な光が放たれた。
「ぐわぁっ!? め、目がぁっ!」
「な、なんだこの光は!? ま、まさか……神殿の使う聖光魔法だと!?」
男たちはあまりの眩しさに顔を覆い、その場にひれ伏した。聖光魔法? ただのLEDライトなんだが。
「ひぃっ! 申し訳ありませんでした! お許しください!」
男たちはそう叫ぶと、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
一人残された路地裏で、俺は自分のスマホを呆然と見つめた。
【翻訳】【フラッシュライト】……そしてホーム画面には、【マップ】【カメラ】【AR】といった、見慣れているようで、どこか違う雰囲気を纏ったアプリが並んでいる。
「こいつ……。俺のスマホ……」
どうやら俺は、異世界で唯一のネットワーク、「魔法」に接続してしまったらしい。
「……ウケる」
過労死からの異世界転生。手元にあるのは、圏外のスマホただ一つ。
だが、こいつはただのスマホじゃない。俺だけの、最強の魔法ツールだ。
「よし」
俺は立ち上がった。
「とりあえず、今日の寝床と飯代、稼いでみるか」
元SE、相沢拓海の、スマホ一つで成り上がる異世界ライフが、今、始まろうとしていた。
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