姐(ねえ)さんの正体
姐(ねえ)さんの正体
「蒸し饅頭はいらんかね?」
天人のため、その土地の金は必要であればどこからともなく沸いて出てくる。
「一つもらおう、腹が減ってかなわん。」
鼎はお金を出すと蒸し饅頭をもらった。
その時、鼎は相手の饅頭売りの容姿を気にした。
(どんな組み合わせをしたらこんな顔の造りになるんだか。)
蒸し饅頭を食べながら町を回った。
ここは許昌ではない。
だが、鼎にとって何かがあると直感が告げていた。
―西門(せいもん)―
ここの土地のとても大きな薬屋である。
「薬を一つくれ、今は大丈夫だがたまに野宿するときに、冷えて腹を壊すんだ。」
鼎は金を払うと薬をもらって懐にしまった。
そして、行きつけの宿まで歩いていくと鼎は部屋で横になった。
賑わっている外が見える。
鼎が中国に来てからもう三ヵ月は経とうとしていた。
ノックが響く。
鼎は戸を開けた。
「何か?」
「その部屋から出とってくれ。」
「王(おう)婆(ば)さん、何故?」
「その部屋が一番いい部屋で西門の旦那が入用なのさ、別の部屋に移ってくれ。」
「あんたも逆らわない方が身のためだよ。」
「それにあんたはほかの部屋でも大丈夫なんだろう?」
「わかった、退こう。」
鼎は荷物をまとめたのちしぶしぶどいて廊下に出た。
すると、身なりが立派な男と見覚えのある女が二人で仲良く並んで立っていた。
鼎は雷に打たれたようになってその女をよく見た。
―金(きん)蓮(れん)姐(ねえ)さん―!
その女は天上で自分の面倒を見てくれる姐さんそのものだった。
鼎は声を掛けに行った。
「金蓮姐さん、どうしてここに?」
金蓮は妙な顔つきでこちらをじっと見る。
立派な身なりの男があの薬屋の西門の旦那だと鼎は悟った。
「知り合いかね、金蓮?」
「知りませんわ、旦那様、あっちへおいき、私はお前の事は知らないよ。」
「行きましょ、旦那様。」
鼎は唖然としていた。
何故、いつも良くしてくれる姐さんがそんな態度を取ったのか分からず大変落ち込んだ。
(確かに金蓮姐さんだった…どうしてあんなに冷たい態度を取るんだろう…何か私が悪いことしたのかな…?)
鼎の腹からぐーと言う音がした。
そういえば最近、蒸し饅頭を売る醜男のおっちゃんを見かけない。
腹が減ってかなわん。
鼎は町中を歩き、よく世間話をする男に声をかけた。
「最近、蒸し饅頭を売りに来る醜男のおっちゃんを見かけないな、何か知らないか?」
「ああ、武大(ぶだい)さんね、亡くなったらしいよ。」
間があった。
「はぁ?! なんだってぇ? あんなに元気そうだったのにどういうこと?」
「なにやら暴力沙汰のケガが元で亡くなっちまったらしいが、変な噂もあんだ。」
「どんな噂?」
「武大さん、毒殺されたかもしれないとか。」
「え? 醜男でもものすごく気はいいおっちゃんだったじゃないか、恨まれることをする人じゃないし毒殺されるいわれは何もないじゃないか!」
「そうでもねぇんだよ、鼎さん。武大の妻は西門と通じていてな、それで毒殺されちまったかもしれないとここらでは有名だよ。」
「そんなことをする女がこの世にいるのか?」
「まあ武大の妻、金(・)蓮(・)はすごい美人だし西門と…。」
鼎は衝撃の事実に気が付くのに三秒を要した。
「金蓮姐さんがあの醜男の蒸し饅頭売りの奥方だって?!」
「なんだ、鼎さん、知らなかったのかい?」
「金蓮は下働きの頃にその家の主人を怒らせてこの町一醜い醜男の武大と結婚させられたんだ。」
―金蓮姐さん―‼
「おい、鼎さんどこへ行く。」
「姐さんが心配だ! 戻る!」
鼎は宿屋にダッシュで戻った。
「王婆さん、金蓮姐さんはどこ行った!」
「もう帰ったよ。」
「金蓮姐さんの家はどこだ!」
「突き当たって右だ、あんたそんなに金蓮と親しかったのかい?」
鼎は言われた家に走った。
そして扉を叩いた。
「金蓮姐さん、居る? 鼎です! いたら返事をして!」
戸が開いた。
「さっきのあんたかい、うるさいねぇ、あたしゃ忙しいんだよ。」
「金蓮姐さん、何の理由があってこんなことしているか知りませんが天上界に帰りましょう! なんだか凄まじく嫌な予感がします!」
「お離し、変な女だね。」
金蓮は鼎の手を払った。
「さっさと出ておゆ…。」
重たい空気が充満してばたんと扉が開いた。
大男が入ってきた。
金蓮はその男を見てその男の正体を一言云った。
「武(ぶ)松(しょう)…。」
大男は口を開いた。
「武大の兄さんが死んだのに何で姉さんは着飾っているんだ?」
男が骨を取り出した。
紫色に変色しているものだった。
「毒で死んだ人間の骨は紫色に変色するそうだ、これは兄さんの骨だ。」
「知らないね、武大は暴力沙汰のケガが元で死んじまったんだ。」
男は刀を抜いた。
「食い止めるから逃げて姐さん!」
鼎も刀を抜いた。
「邪魔立てするか!」
金蓮は外に出ようとしたが鍵がかかっていた。
鼎の抜いた刀がなぜか死ぬほど重い。
鼎が抜いた刀は鈍い音を立てて床に落ちてしまった。
刀を落とした鼎は武松に張り飛ばされて壁にぶつかって床に伏した。
金蓮は鼎が地面に伏している間に武松に叩き斬られてしまった。
鼎は見ているしかなかった。
そして鼎は思い出した。
天人でも、ある一定条件で定まった運命の人間は絶対に助けられないのだ。
そして鼎は非常に重たい事実に気が付いた。
―そんな…じゃあここにいた姐さんは…天上界の人間になる前の金蓮姐さん…―
金蓮の首を取った武松はこちらに来た…。
鼎も殺すつもりなのは見て取れた。
鼎は自由に利くようになった刀を拾って武松の刀を弾き飛ばした。
武松はしびれた手にあっけにとられて後ずさった。
「お…。」
鼎は意気消沈してふらふらしたままカギを開けて外に出た。
それから鼎は泣きながらその土地を後にした。
東京(とうけい)
鼎が中国に来てからもう三〇年は経過したが許昌という土地は見つからないままだった。
天人である鼎は齢を取らなかったため、中国の一部の土地では女仙人がうろついてるとまで言われ噂が立っていた。
鼎は道を通る男に話しかけた。
「もし、そこの貴方。」
「へ、へぇ、私どすか?」
「この辺りが許(きょ)昌(しょう)のはずなんだが立札がみえないのはなぜだ?」
「あんさん、違いまするよ、ここは東京(とうけい)と言われる所ですだ。」
東京(とうけい)?
「道を間違えたどすか?」
「…そうかもしれない、ありがとな。」
「まて、あんさん、たぶん噂の齢を取らん人やろ? 何を探しとるんどすか?」
「許昌と言う土地を探している。」
男は少し考えて言った。
「あんさん、私(わっち)の婆さんなら、知っちょるかもしれん、ちょっと家に来なされ。」
「本当か、遠慮なく上がらせてもらうぞ。」
男の後をついていったら、民家が見えた。
隣に畑もあり、少しばかり水も流れている。
男は民家の戸を開けた。
「婆ちゃん。」
「おかえりよ、その後ろの方は?」
「旅の者(もん)で道に困っちょる。」
「婆ちゃんは地図を管理してるやろ、許昌と言う場所はしっちょるか?」
「許昌? それならかなり昔の地図に載っていたかもしれないねぇ?
ちょっとお待ち。」
そういうとお婆さんは押入れから古い紙の束を取り出して来た。
「家はねぇ先祖代々地図を描くのが仕事でね、全ての地図を保存してあるのよ。」
「なるほど…。」
鼎は感心してお婆さんを見た。
「これでもない、これでもない。」
「あった、これね。」
鼎はひどくボロボロの地図を見た。
そこには確かにわかりにくい文字で許昌と書いてあった。
ただし…。
「これは、九〇〇年前の地図だねぇ…。」
「ここにまだ東京(とうけい)はなくて、ここから右下が許(きょ)昌(しょう)。」
―この時代ではなかった―
鼎はそれを聞くなり、すぐさま天上へと帰って行った。
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