1日目②

館内の説明を受けてエレベーターに登る。部屋には女子が8人の大部屋でにもかかわらず、布団を敷いてスペースが余るほどに部屋は広かった。荷物を置いて、ビニールバッグに入った厚めのダウンを着る。清水くんを含め4人とご飯を3日連続で食べれると言うだけでも、私にとってこれほど嬉しいことは無い。関係者の無料食券を貰い、スキー場でご飯を食べる。カツカレーを頼む清水くんの真似をして、私も後ろでカツカレーを頼んでいる。ゲン担ぎと言うやつであろうか、バスに揺られたあとのカツカレーは、頼んだ後に少し重いかもしれないなんて、ふと我に返った。

「あれ、堺さんもカツカレーだ」

「偶然、もしかして験担ぎとか?」

「そんなところかな、元気あるうちに張り切って頑張ろう」

「いただきます」

みんなで手を合わせてこんなことをするなんて、中学校の頃にあったはずの童心が蘇る。スプーンを取り、端から端へ米をルーの方に移動させて食べているも、ジロジロと美咲が見るものだから、食べようにもあまり集中ができない。

「まりりん、いつも化粧丁寧だよね。なんかコツある?」

「コツ…?ななえもんの化粧動画見るとか…説明難しいな。」

夏場を除いて、予備校でも比較的メイクはしていた方であるからこそ、その蓄積量が美咲とは3年も違う。そういうことであるかと私は考えた。

「これか、後で見てみる」

「ういー」

「2人仲良いよね、予備校一緒とか?」

清水くんじゃない方の男の子が口を開く。

「んーとね、予備校一緒で」

「え、予備校どこ?俺たち土畑」

「私たちは水美だね、どっちもデザイン科だよ。私が3浪、美咲が現役」

「え、現役なの?仲間じゃん。あんまり多くなくてさぁ」

まさか3年生にもなって予備校の話をするとは思わなかった。1年生の時の話題は“どこの予備校に通っていたか”から始まって、同じ予備校同士、ないしはは同じ浪数同士で最初は固まったりする傾向がある。次第にサークルやゼミやらで固まって行くのが主流だと思ってる。

「水美なんだ、うちの科全然いなくてさやっぱ傾向とかあるんだろうね。」

「そう、そういえば傾向で思い出したんだけど、今回の雪像大会の傾向的に、」

まじめだな、と思いながら清水くんが話を遮り雪像の話に入る。食べるのも止めて説明している間にも3人は徐々に食べ終わり、それを知っても尚誰1人清水くんに言うことは無かった。ケータイをちらりと見ると、12時53分と表示されている。

「清水くん、あと7分だよ」

「え、まじじゃん」

真面目そうに見えてどこか抜けている清水くんを面白おかしく笑いながら、私たちは食べ終わった食品のプレートを下げに向かった。今も彼は食べ続けているのだろうか。

13時、長老の男性の合図とともに制作が始まった。赤いスプレー缶で正確に目印を引き、雪の塊に目掛けてカマを振り下ろした。小さい雪の塊がポロポロと上から落ちてくるだけで、先が見えない。

「肩やるこれ」

「ノミで差し込んでからスコップで落とすと綺麗に落ちるよ。」

昨年使えたチェーンソーも、今年は規定だのなんだので使用できないと先生が言っていた。清水くんがどうしたら優勝できるかと考えて出てきたのが秋田犬で、みんなもそれに賛同して、デザインは私が考えて、模型は清水くんが制作した。もうそれだけでも元を取った気がするのに、3日間も一緒にひとつのものを作れるなんて、私はこんなにも幸せでいいのだろうか。

「それで、どうする?これ」

手際よく進んでいるように見えて、降り積もる雪が体の体温を奪い、あまりに強く雪を掻き出せずにいる。チェーンソーがあればなんて他力本願は許されない、使えないと言われたら使えないのだから。時計を見る間もなく、開始から4時間が経ち、形の見えないまま1日目が終わった。

「堺、ちょっといいか?」

「はい?」

個人的に名前を呼ばれ、道具の置かれた小屋に教授と共に集められた。

「そっちのチームはどうだ?進んでるか?」

「進んでると言われれば、そうですね。ただチェーンソーが使えないのは痛手かなと。」

「まぁ、そうだよなぁ。前回に比べてまぁ天候も悪いし、安全面を考えれば仕方の無いことだとも思うが…やっぱり使いたいか。」

言われてみればそうか。確かにこの吹雪いている中で作業するということ自体が少し無理があったのかもしれない。

「そうだな、1度ほかの美大とも相談してみるよ。ありがとう堺」

話の先が見えぬままその場を去ることになった。次第に天候は荒れ、風と共に襲いかかる雪が視界を邪魔し、前に進もうにも煽られてしまう。ほかの人たちが辿った足跡を目印に、宿泊施設へと戻って行った。


玄関で雪を払い落とし、個人部屋のある3階へ戻ると、隣の部屋の前で座りながらスマホを見つめる人がいた。

「あれ、まりりんじゃん」

「美咲、玄関前でなにしてんの?」

床に落ちた水滴が乱反射して、その苦労が嫌でもわかった。

「鍵もってる子が帰って来なくてさぁ、このとおり」「こっちの部屋の人誰かいたりとか」

それを開けると、暗い寝室の中に雪像で使った服が壁にかけられ、荷物が無造作に置かれているだけで誰1人として人がいなかった。

「居ないんだ、連絡とかは?」

「切れてるんだよね」

「私も」

スマホも、使っていなかったにもかかわらず充電が既に切れ、今から充電してどれくらいで復帰するかも分からない。

「先お風呂行く?」

「賛成」

そうして私たちは、開けた旨の置き手紙を残して湯船に向かった。

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