第6話<それでも、私は君がいい。>

噂の一件が落ち着いた後の教室は、以前よりもずっと穏やかだった。周囲の目も、嘲笑や疑いの色を含まずに、どこか温かさすら感じられるようになった。


 そんな中、るなは変わらず僕に寄り添い、笑いかけてくれる。ただ、どこか彼女の瞳に、少しだけ影が見え隠れしていた。


「陽翔……」


 放課後の屋上で、彼女が静かに口を開いた。


「昔のこと、話したいんだ」


 僕は息を飲んだ。


「でも、今はまだ……」


 るなは言葉を濁した。僕はその意味を察した。


(彼女には、僕に言えないことがある。なにか、抱えている。)


 そのとき、強く思った。


「るな。いつでも話してくれていい。俺は、ずっとここにいるから」


 るなの唇が震えた。彼女は僕の手をそっと握り返した。


「ありがとう、陽翔」


 その手の温もりに、僕の胸は跳ねた。



 次の日、彼女からのメッセージが届いた。


『陽翔、今日会える?ちょっとだけ話したいことがあるんだ』


 僕はすぐに返信した。


「もちろん、どこで?」


 待ち合わせ場所はいつもの中庭。そこに行くと、るながいた。


 彼女は頬をほんのり赤らめていた。


「ねぇ、陽翔……」


 小さな声で言う。


「これ……練習だから、受け取って」


 そう言って差し出されたのは、ピンク色の小さなリボンだった。


「どういう意味?」


「……キスの練習。ちゃんと、本当のキスができるように」


 僕の心臓は一気に早鐘を打った。


 目が合う。るなの瞳がキラキラと輝く。


「いい? 目閉じて」


 僕は息をのみながら、目を閉じた。


 すぐに、ほっぺにそっと、軽い唇の感触。


「あはは、ちょっとだけだよ」


 彼女の笑い声は、まるで太陽のように温かい。


「次は、本当のキスだよ?」


 そう言ってウインクされたら、僕はもう逃げられなかった。



 その夜。


 ベッドに寝転びながら、るなからのメッセージを何度も読み返した。


『陽翔、私ね、やっぱり好き。誰よりも好き。ずっと好きだった』


 僕も返信した。


「俺も、るなが好きだ」


 不器用な言葉だけど、本当だった。

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ギャルはインキャを恋に落とす夢を見る。 @naorinch

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