第11話

 文化祭当日。

 校舎は、いつもとまるで別世界だった。


 廊下には飾りつけ、制服の上にエプロンを着た生徒たち、教室からは笑い声や音楽が漏れていて、空気がずっと柔らかい。


 僕のクラスは喫茶店をやっていて、地味に繁盛していた。


 僕はというと——


 「……似合ってるよ。エプロン姿」


 「凛さん!? なんでここに……てかその格好……」


 白のワンピースに、シンプルなカーディガン。

 校内なのに、ちょっとだけドレスコードを外したその姿は、大げさじゃなくて、見惚れるレベルだった。


 「制服じゃなくてごめん。……今日は“生徒会長”じゃない私で、来たかったの」


 その言葉に、胸がちくりとした。

 たしかに、目の前の彼女は“姫野会長”ではなく、“凛”だった。


 「ちょっとだけ、抜けられそうだったら……一緒に回らない?」


 僕は迷う間もなく頷いた。


 


     ***


 


 教室を抜けて、凛と並んで校舎を歩く。


 周囲の視線が少しずつ気にならなくなってきたのは、きっと彼女がまっすぐ前を見て歩いているから。


 「人、多いですね……」


 「うん、でも嫌じゃない」


 「なんで?」


 「君と並んで歩けてるから」


 その言葉に、心臓がドクンと跳ねた。


 周囲の音が遠くなる。風の音も、笑い声も。

 僕の耳に届いていたのは、彼女の声だけだった。


 「……ねえ」


 凛が、僕の右手に視線を落とす。


 そして、ためらうように——けれど、勇気を出すように——


 そっと、僕の手を握った。


 やわらかくて、でもしっかりとした感触。

 手のひらに伝わる彼女の熱が、心まで届いた気がした。


 「私たち、こうして歩けるようになったんだね」


 「……はい」


 その手を、僕はゆっくりと握り返す。


 放課後だけじゃない。


 屋上だけじゃない。


 ようやく——この“昼の時間”にも、ふたりでいられるようになった。


 


     ***


 


 文化祭の後、夕方の屋上。


 いつもの放課後よりも、少し賑やかな音が校庭から聞こえてきた。


 「……なんか、夢みたいですね」


 「うん、私もそう思ってた」


 凛はベンチに腰掛け、空を見上げながらぽつりと言った。


 「この時間が、永遠に続けばいいのに」


 「……それは、無理かもしれないです」


 「えっ、即答……」


 「でも、その代わりに……何度でも、こういう時間をつくっていけます。ふたりで」


 凛は少し驚いたように僕を見たあと、ふっと笑った。


 「そういうとこ、好き」


 小さく、小さく呟いたその声に、僕は確信した。


 この恋はもう、“一方通行”じゃない。


 ちゃんと、ふたりで歩いている。


 手をつないで。


 同じ未来を見て。

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