白竜様の最愛 呪いをといたら別れる契約なのに寵愛されています

青月花


「人間というのは夫婦めおとになると愛が芽生えるものらしい。だから俺の花嫁になれ。期限は呪いがとけるまで。俺がお前を愛すようになるまでだ」


 意味がわからなかった。言われた言葉も、置かれている状況も。自分は継母けいぼの命令で、やしろあるじに手紙を届けに来たはずなのに、なぜ求婚されているのだろう。

 期限付きとはいえ、自分なんかを花嫁にしようだなんて。この赤い目を見て、そんなことを言う男性がいるとは思わなかった。自分は『み子』とさげすまれている人間なのに。


 家族でさえ緋夏ひなつうとみ、使用人のように扱った。特に継母による虐待はひどく、緋夏の体には折檻せっかんあとが残っているほどだった。

 暴力や暴言を浴びせられないだけ家畜や使用人の方がずっとまし。そう思うほど悲惨な人生を送ってきた。


「夫婦になるということは、一緒に暮らすのですよね? このひとみを気味が悪いとは思わないのですか?」


 思わず確認してしまう。

 緋夏がしいたげられてきた原因。その多くはこの瞳の色にあったからだ。


「全く思わん。あかつきの空のように綺麗な色だと思うぞ。人間は異質なものを蔑み拒絶するものだ。お前も俺の目や髪の色を見て、気味が悪いと思うのか?」

「いいえ。とても綺麗だと思いました。まるで月の神様みたいに」


 緋夏はつい思ったままの印象を口にした。

 腰もとまで流れる白銀の長髪は今宵こよいと同じ月の色。瞳の色は三日月のように淡い金。

 長身で細身の体に、銀糸の刺繍ししゅうが施された白い長衣をまとっている。

 顔立ちもたたずまいも凛としていて気高く、見とれるほどに美しい。

 もし月に神様がいるとしたら、かくやという印象――。いや、彼は白竜。竜の神様だ。

 他の神様にたとえるなんて、失礼なことを言ってしまったかもしれない。


 決まりが悪くなってうつむく緋夏に、白竜は表情をやわらげて言った。


「ならば、こだわらなくてもいいだろう。もっと軽く考えればいい。これは契約だ。一生というわけではない。俺の呪いがとけたら自由にすればいいし、一人でも生活できるように手助けくらいはしてやろう。だから、生きろ」


 白竜の言葉が胸に重く響き、緋夏はかれたように目を見開く。

 生きることを望まれたのは初めてだった。

 忌み子は周りの人間を不幸にする。だから家族にも死を望まれていたのに。彼は誰もがいとう瞳の色まで綺麗だとめてくれた。

 こんなふうに言ってくれる男性を、自分のせいで不幸にしてはいけない。


「でも、万が一私と一緒にいることであなた様が不幸になったら――」

「忌み子の伝承のことか? あんなもの人間どもが勝手に決めつけた迷信にすぎん。俺はくだらん作り話など信じない。呪いをとくためにはお前が必要なのだ。だから俺の花嫁になってはくれんか?」


 白竜は緋夏の言葉をさえぎるように告げ、赤い双眸そうぼうをまっすぐ見つめた。本当の求婚と同様、まるで愛をうかのように。

 どうして彼はずっと欲しかった言葉ばかり与えてくれるのだろう。初めて会ったはずなのに。


 本当は幸せになりたかった。ずっと必要とされたかった。誰かを不幸にではなく、幸せにしたかった。

 忌み子の伝承を知りながら、こんなに自分を求めてくれる。

 彼のことなら幸せにしてあげられるかもしれない。


「わかりました。あなた様の花嫁になります」


 緋夏は胸に手を当てて決然と宣言する。

 彼に愛され自分も愛するように努力すれば、きっといつかは呪いがとけるはず。

 二人とも幸せになれると信じて、期間限定の契約結婚を受け入れたのだった。


 愛を知れば離れがたくなることなど知らずに。

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