「仮の恋人」だったはずの幼なじみ、演技がリアルすぎるんだが?
赤いシャボン玉
第1話
「ねぇ、
そんな言葉から始まった、俺の青春は少しだけ歪んでる──かもしれない。
◇
昼休みの教室。周囲は騒がしく、誰かが机を並べてカードゲームに興じ、別の誰かがスマホの画面を見ながらキャッキャとはしゃいでいる。まるで、どこにでもある高校の昼休みの風景。そんな喧騒の中、俺は弁当を広げて、黙々と箸を動かしていた。
「凛太郎ー、隣いい?」
俺の向かいに座るのは、金色に近い明るい茶髪のショートボブ、そしてぱっちりした目が印象的な少女──
「……いいけど、いつもみたいにお菓子交換とかはナシな。今日は弁当豪華だから」
「ケチ〜。……あ、それ卵焼きうまそう!」
「話聞けっての」
と、冗談を交わしていると、麻央は急に真顔になって、さっきのセリフを口にした。
「ねぇ、凛太郎。あたしと、仮の恋人になってくれない?」
「……は?」
あまりにも自然なテンションで言ってのけたもんだから、一瞬、俺の脳が理解を拒否した。
「えっと……何の話?」
「そのまんまの意味。仮の恋人。偽装カップルってやつ?」
「いや、意味はわかるけど、どうして俺?」
「うん。そこから説明するね。実はさ──」
と、麻央は最近別れた“元カレ”の話を始めた。どうやら、あっちはもう新しい彼女を作っていて、それを知った麻央がムカついているらしい。
「だから、“新しい彼氏できた”ってウワサが広がったら、ちょっとは悔しがってくれるかなって思って」
「その彼氏役が……俺?」
「うん! 一番信頼できる男の子だし、なんだかんだで昔から一緒にいたし、気まずくならない相手って、凛太郎しかいないでしょ?」
「光栄だけど、それで本当にいいのか? 俺なんかで」
「いいの! ていうか、他にいないの!」
「……なるほどな。わかった。乗ってやるよ、その茶番に」
「ほんと? やった〜〜!」
正直、麻央の頼みを断る理由もなかったし、なにより“偽装恋人”なんて、一生に一度あるかないかのイベントじゃないか。ちょっとだけワクワクしたのは、否定しない。
◇
そして翌日。
俺の高校生活は、“平凡”から一気に“波乱”へと変わった。
「おい見たか?
「マジで? しかも橘って、あの麻央だよな? 学年一の人気者じゃん」
「どうやって落としたんだあいつ……!」
ざわ……ざわ……
教室の空気が妙に重い。いや、正確には熱い。視線が刺さる。
「おっはよ〜♡ 凛太郎、お弁当は今日もママ作?」
「お、おう……」
「もう、いいな〜お母さん優しくて。今度一緒にありがとうって言いに行こっか♪」
「待て待て、麻央さん、演技、演技だからな!? 演技感出して!」
「リアルにしないと意味ないでしょ? “彼女らしさ”出してかないと!」
「あのさぁ……」
言葉ではツッコんでみたものの、麻央の“演技”は妙に自然で、こっちがドキドキしてしまう。俺の肩に軽くもたれかかったり、プリントを代わりに取りに行ってくれたり。
「ねぇ、彼氏くん♡ 今日の帰り、寄り道しない?」
「……はいはい」
俺の心臓、死ぬほど忙しい。
◇
放課後。麻央と帰り道、学校の坂を下りる。
夕陽が差し込んで、ふたりの影が並ぶ。まるで、本物のカップルみたいに。
「……なぁ、麻央」
「ん?」
「お前、演技うまいな。いや、マジで。俺、ちょっと勘違いしそうになるわ」
「ふふっ。ありがと。凛太郎の反応が自然だから、演じやすいんだよ」
「お、おう」
「……けど、勘違いはダメだよ? これは“演技”なんだから」
麻央は少しだけ寂しそうに笑った。
その表情を見たとき、胸の奥がチクリと痛んだのは──俺の気のせいだったんだろうか。
◇
その夜。
風呂上がり、スマホを開くとLINEの通知が入っていた。差出人は
天音:明日、図書室で少しだけ話せる時間ある?
天音:……橘さんとのこと、気になってて。
思わずスマホを落としそうになる。
──天音さんが、俺に?
この時点で、俺はまだ知らなかった。
“仮の恋人”ごっこが、どれだけ俺の日常をかき乱していくのかを。
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