day8.足跡

「うう、またうまくいかなかった……」


 私、由紀花音が温室に苗を見にいったら、しんなりと葉っぱが垂れていた。

 かわいいバラを見つけたから自分でも育てたくて、うまくいけばたくさん育てて、出荷もしたい。そう思って種を撒いたけど、全然うまく育たない。

 どこがいけないんだろう。寒くしすぎないように、水も控えめにしてるのに。


「花音ー?」


 タブレット片手に温室に入ってきたのは兄の瑞希で、私の前にある苗に目を止めた。


「ここじゃ暑すぎるだろ」

「え……?」

「この品種は、もうちょい室温下げないとダメ」

「……そっかあ」


 空調の設定を少し変える。苗の場所も、温室内で気温低目の場所に移動してみる。


「それで、何か用だった?」


 瑞希の方を見ると、私が育てている他の苗を眺めていた。どれもまだ、市場に出せるような花には育っていない。


「明日、市場に持って行きたい花があるか聞きに来た。親父の腰が完全にダメだから、代わりにお前が行って」

「えっ、うん……」


 市場に卸に行くのは初めてだった。もっと自信がついてから、行こうと思ってたのに……。父の足跡は遠くまで続いていて、兄の背中さえ、今の私にはまだ追いつけない。


「あ、このチューリップもらっていい?」


 瑞希は、やっときれいに咲いてくれたチューリップを手に取った。

 初めて一人で育てた花で、たぶん来年には出荷できそうな品。


「いいけど……」

「お得意様に試供品として渡そうと思って。……あいつ、こういうの好きそうだし」

「あいつ?」

「なんでもない。リストは登録してあるから確認しといて。他に持って行きたいものがあれば入れておいて。よろしく」


 瑞希はそう言って温室を出ていった。その背中は、やっぱり遠くて大きかった。

 先ほどのチューリップを手に取る。これを気に入ってくれる人が、誰か一人でもいたら……私は、父と兄の足跡を少しでも辿れている気がする。

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