おとうさんのたんじょうび
満月 花
第1話
気がついたら定時の時間だ。
今日は残業なしで帰宅で出来そうだと、男は身支度をした。
会社を出ると日中の暑さから少し冷めた空気がまとう。
何気にスマホをチェックすると、気づく。
あぁもうすぐ自分の誕生日。
50歳を迎えようとしている。
もう誕生日を嬉しがる歳じゃない。
ただ老いを兼ねていくための日でしかない。
誕生日といったって家庭で好きなおかずが一品とビールが添えられるぐらいのもの。
家族からしたら自分の存在などその程度。
だからといって不満があるわけではない。
夫婦仲も悪くはない、ひとり娘もさして問題あるわけではない。
至ってごく普通。
……その悪くない家族に
この頃違和感を感じる。
なんというか微妙な空気感。
気のせいか?
でも……。
自宅に帰るとリビングで妻と娘の話し声が聞こえる。
ただいま、と声を掛ければ
ハッとした顔で会話が止まる。
そう、この間だ。
二人でスマホを見ていても、パタンと閉じる。
さも何事もなかったかのように、振る舞う。
この頃こういう違和感がずっとある。
何かを含んだような、そして疎外感。
気遣う言葉を掛けられながらの食事風景。
食事が少し味気なく感じる。
ソファでスマホを検索していると、娘が呆れたように声をかけてくる。まだ、そんな物やってるんだ?
そこは唯一の趣味というべきプラモデルのサイト。
話しかけようと顔を向けると
もうすでにもう関心を失ったように娘はスマホを弄っている。
子どもも大きくなるとこんなに距離があるのか。
昔は、しょっちゅうまとわり付いてたのに、と密かにため息が出る。
はい、計画通りです。
えぇ、お願いします。
くれぐれも内緒で……。
何やらコソコソと電話している。
妻がめざとく私を見つけると
そそくさと通話を切った。
何やらひとりごとを声高に呟きながら横をすり抜けていく。
あからさまな誤魔化しかた。
間違いない、確信だ。
何かある。
色々と考えてしまう。
浮かぶのは、
無視され続ける自分
責められる自分
捨てられる自分
二人対一人、で対峙する構図。
目の前にスッと出される用紙。
記入済みの離婚届だ。
もう耐えられない。
お母さんに付いて行くから。
項垂れる自分。
そんな想像が頭から離れない。
なんていうことだ。
もうすぐ誕生日なのに、そのプレゼントが離婚届だなんてーー。
ありえない……いやありえるかも。
と、自分の中で渦巻く。
今すぐ問いただせばいいのに、
でもなにもなかったら
でも本当に想像通りだったら
そう思うと何も出来なくなる。
真実を知りたくない。
悶々としてると、誕生日が近づく。
違和感は日を追うごとに強烈で明らかに
何かを隠してる
何かを考えてる
何かをしようとしている。
自分が何をしたというんだ!
今まで家族にために頑張って来たんだぞ!
そりゃ完璧な夫でも父親でもなかったかもしれない
それでも、家族を第一にしてきたつもりなのに。
悲しくって悔しくて涙が出そうになる。
今日は50歳の誕生日だ。
ーーもう覚悟は出来た。
何でも来やがれ!と自分を奮い立たせる。
ただいまといつもより大きな声で家に入る。
静まりかえった家の中。
異様なほど音がしない。
いつも明かりがついている、リビングは真っ暗だ。
ドクンと心臓が波打つ。
身体が震えてる。
唾を飲み込みながら歩いていく。
リビングに入って……
happy birthday!!
パンパンと軽快な音と共に明かりがついた。
リビングには妻と娘、遠方に住んでいるはずの姉家族もいる。
え〜もしかして自分の誕生日忘れてるの?
と娘がクラッカーを持ちながら笑っている。
頭からクラッカーの色とりどりの紙クズをぶら下げたまま、
まだびっくりしている私に座るように勧める、妻。
どうやら家族は内緒で誕生日パーティーを計画していたらしい。
驚きのまま固まると、プレゼントを渡される。
娘からはあの日見ていたプラモデル。
妻からは日頃から欲しがっていた最新のプラモ専用の工具。
姉からは、腹巻とモモヒキ、昔からお腹弱いからね!と
余計な一言まで。
姉家族はわざわざこの日のために来てくれたのだ。
勝手に実家を飛び出した長男の自分を責めることもせず
当たり前のように高齢の親の介護をしてる。
頭が上がらない。
気が付かなかったと盛大に驚いた。
照れ隠しに大笑いした。
嬉しくて涙が出た。
家族にそんな情けない姿をからかわれながら、みんなで笑った。
プレゼントを抱え、大好物を口いっぱい頬張る。
こんなに素敵な家族がいるのに、
あんな馬鹿らしい妄想に囚われて悩んでたなんて。
happybirthday、50歳。
これからも家族を大事にするぞ、と心の中で誓う。
自分は幸せ者だと心から思った。
……そう、家族が俺に何かするわけないじゃないか。
暗い部屋。
スマホの画面だけが、ぬるく光っていた。
……
……
不慮の事故
……
……
身近で入手出来る毒物
……
……
完全犯罪
……
……
指先が動き、全ての履歴が消去された。
おとうさんのたんじょうび 満月 花 @aoihanastory
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