東方政策

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 ──東方政策



 アルビオンにおける内戦が決着した。


 勝利したのはもちろんアルビオン連合王国政府だ。


 ガリアからの援助が途絶えたアルビオンの共産主義勢力は敗北し、各地に逃げ散ったが、指導者であったモズレーだけはアルビオン政府軍によって捕えられた。


 モズレーは国家反逆罪で処刑。ここにアルビオンの反政府勢力の首魁が討たれた。


 しかしながら、旧大陸は安定化したわけではない。


 今も各地でゲリラ化した共産主義者たちがテロを繰り返し、内戦が終結したばかりのアルビオンはもちろんとして、ヒスパニアやバルカンでも不安定な状況が続ている。


 ロムルス王国にしても植民地を拠点とした共産主義者たちのテロに手を焼いている。


 しかし、それらのテロ活動も国外の支援を受けてのことであった。


 すなわち、テロの背後にいるルーシ社会主義連邦の支援である。


 ここでオストライヒはついに厄介な東の共産主義者をこの世界の地図から排除することを考え始めていた。


 そのためには相手に二正面作戦を強いることだ。


 アルビオンの伝手を使ってオストライヒ外務省はある国家との交渉に臨んだ。それは東の果ての国家である敷島皇国である。


「ようこそ、大島外相」


「お会いできて光栄です、ハルデンベルク閣下」


 敷島皇国の外相である大島重則外相がオストライヒ外務省迎賓館で、ハルデンベルク宰相と会談。この会談の場は警察軍によって厳重に守られた。


「さて、今回は我々の共通の懸念について相談したい」


「はて。共通の懸念と言いますと?」


「我々は東に、あなた方は北に有する脅威です」


「なるほど……」


 ルーシは敷島の北に位置し、これまでずっと敷島にとって北の脅威となっていた。北から迫るルーシの圧力は、これまで何度も国境紛争や漁船の不法な逮捕という事件に繋がっている。


「そこで、もし、我々がルーシと交戦状態に陥った場合、あなた方にも動いていただきたいのです。ともに参戦をとまでは言わないが、動員をかけ、国境に戦力を配置してほしい。そうすればあなたがの大陸利権について、オストライヒは全面的に賛同する立場を取りましょう」


 敷島の大陸利権──帝歴1931年におきた事件をきっかけに敷島が作り上げた傀儡国家を巡る利権のことだ。これには侵略行為だとコロンビアとルーシ、ガリアが批判の声を上げたが、アルビオンやオストライヒは積極的に否定はせず沈黙していた。


 これをオストライが認めるのは、大陸にはびこる軍閥とさらには大陸進出を画策するコロンビアの両方に対する強いメッセージになり、外交的な援護となるだろう。


「本国に確認を取りますが、恐らく本国も前に向きな立場を取るでしょう」


「ぜひ確認をお願いしたい」


 大島外相はこの後、敷島本国に確認し、敷島外務省はこの提案にかなり前向きな立場を示した。敷島政府もルーシの脅威はずっと感じていたし、それに大陸利権が認められることで孤立が防げるならば大きな利益になると踏んだのだ。


 オストライヒ=ルーシが交戦状態に入った場合、敷島は東部で動員を行い、国境に戦力を展開する──このことや密約として密かに条約が結ばれたのだった。


 この条約のおかげでルーシは東部の戦力を全ては西部に展開できなくなる。さらには敷島が展開した戦力を警戒して太平洋ルートでのコロンビアのルーシに対する貿易路が封鎖され、ルーシは孤立を深めるというわけだ。


「いよいよ最後の敵を始末するときが来たな」


 アルブレヒトは密約締結の知らせを受けて、そう満足げに言う。


「つまりはルーシとの戦争ですか?」


「ああ、ユーディト。ルーシを始末する」


 アルブレヒトは一度目の人生で自分たちを追い詰めた敵を、今度は順調に逆に追い詰めていっていた。


 オストライヒ共産党は今や見る影もなく、民主派勢力も粛清を受け、ガリアは崩壊し、あとはルーシだけだ。


「しかし、ルーシの大地は広大で、今まで多くのものが挑んでは敗れました。今回は私たちが挑む番となりますが、上手くいくのでしょうか?」


「上手くいかせるとも。我々は勝利を確実に手にする」


 アルブレヒトは妻ユーディトにそう決意を示した。


「そうですか。陛下、その前にひとつお伝えすることがあります」


「どうした?」


「どうやら妊娠したようなのです」


 ユーディトはそう言ってお腹を小さくさする。


「おお、おお! 本当か! それは何よりだ!」


 アルブレヒトとユーディトは愛し合っていたが、なかなか子供ができなかった。いろいろな医者を頼ってきたが、効果はなく、アルブレヒトも諦め始めていたときにこの嬉しい知らせが届いたのである。


「お前の出産までは戦争はできないな」


「よろしいのですか?」


「ああ。俺は暴君だ。暴君は自分のやりたいように国を動かすのだ」


 アルブレヒトはこう宣言したが、帝国陸軍参謀本部は戦争に向けて動いていた。


「ファルケンハウゼン閣下。これが対ルーシ作戦である第969号作戦指令の改定案になります」


「うむ。机上演習の結果は良好であったようだな」


「はい。この作戦を拡大すれば1ヶ月以内には首都モストグラードが落ちます」


 そこにはルーシ侵攻計画が記された資料が。


 作戦ではバルト海沿岸を進軍し、港湾を確保して海上補給を行うための攻撃と首都モストグラードに向けて進軍する攻撃が記されていた。それは北部を集中攻撃するプランであり、南部では小規模な助攻が行われるのみ。


 というのも、ルーシの鉄道網は首都モストグラードを中心に広がっている。その鉄道網に打撃を与えれば、敵の補給はあちこちで断たれるわけである。


 それにモストグラードが落ちれば、敵の士気に大きな打撃を与えられるだろう。そう意味でも北部を集中攻撃して、モストグラードを落とす必要があった。


「しかしながら、モストグラードまでの道のりは容易ではないだろう。特に補給に関しては力を入れる必要がある」


「バルト海の制海権は必須ですね。海上補給がなければ軍は動けません」


「その通りだ」


 陸上での補給と、海上を経由して補給、あるいは航空機による補給のうちでもっとも大規模な補給が可能なのは海上補給だ。船というのは昔から陸路よりも多くの荷物を運搬できる手段であった。


 故に参謀本部はバルト海沿岸と港湾施設の確保にこだわった。それがあれば輸送艦によって海上から地上軍に補給が行えるのだ。


「我々のドクトリンの正しさは、ガリア戦で証明された。ルーシに対しても降下を発揮するだろう。我々はついに大勢が挑んで失敗してきたモストグラードの攻略に成功するかもしれないな」


 ファルケンハウゼン元帥はそう告げる。


 全縦深同時打撃についてはガリア侵攻でその価値が証明された。これから行われるルーシへの攻撃においても、同じように価値を示してくれるだろう。


「これを皇帝陛下へ。陸軍はいつでも攻撃を始められると」


「了解」


 しかしながら、ルーシ攻略は先延ばしにされた。


 それはユーディトの出産を待つアルブレヒトの意向であった。


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