氷の夜が明けて

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 ──氷の夜が明けて



 ヴィンターラント公国の戦いはフリーデンタール教導降下猟兵旅団の猛攻を受けて、ヴィンターラント公国の政府首脳が集まるアルトドルン城が陥落寸前に至っていた。


 アルトドルン城を巡る激しい銃撃戦が繰り広げられ、城内に降下猟兵たちが次々に突入してくる。対戦車ロケットや工兵用の梱包爆薬で壁に無理やり突入口を形成し、降下猟兵たちはそこから城内に侵入していたのだ。


「武装できるものは全て武装しろ! 徹底抗戦だ!」


 ハッセル大将が叫び、使用人から秘書官までが武装して抵抗する。


 家具でバリケードが作られ、それを使ってヴィンターラント公国側は降下猟兵の猛攻に応じていた。


「ヒッペル少将閣下。戦いは完全に城内に移りました。現在、城内の制圧を実行中です。しかし、敵の抵抗は激しく犠牲が増えそうです」


「可能な限り犠牲は出すな。こちらの方が練度も火力も優れている。細心の注意を払って、敵の抵抗は過大と思える火力で叩き潰せ」


「了解です」


 このヒッペル少将の命令を受けて降下猟兵たちは、ヴィンターラント公国側を火力で圧倒し始めた。ガンシップの近接航空支援CAS、パンツァーファウスト44携行対戦車ロケットによる攻撃、重機関銃による掃射。


 アルトドルン城の城内は血に沈み、降下猟兵たちは黙々と抵抗を制圧しては前進する。彼らはまるで戦争機械のように淡々と敵を処理し、感情を見せなかった。


「前進、前進」


 そうやってアルトドルン城は制圧されてゆき、ついに地下のシェルターに籠るヴィンターラント公たちに降下猟兵たちは迫った。


「敵首脳部はこの扉の先だ」


「バンカーの爆破準備!」


 地下に設置されたバンカーに戦闘工兵が爆薬を設置し、扉を爆破。一斉に降下猟兵たちが突入していく。


 しかし、そこにあったのは──。


「ヴィンターラント公を確認。死亡している」


 ヴィンターラント公も、トレスコウ伯も、ハッセル大将も、それらの家族も、皆が自殺していた。生きて辱めは受けぬとでもいうかのように、拘束の手が間近に迫った彼らは自殺を遂げたのだった。


「死体を運びだせ。確認する必要がある」


 それから彼らの死体は運びだされ、本人と確認されたのちに、アルブレヒトの命令で火葬にされた上で海に撒かれた。彼らが殉教者にならぬように手配した結果であった。


 ライン公国とヴィンターラント公国はこうして陥落し、両公国は警察軍による軍政下に置かれた。反政府運動の厳しい取り締まりが行われ、帝国から自由が失われていく。


 またライン公国、ヴィンターラント公国に対する軍事作戦と並行して、警察軍による反政府勢力の一斉摘発が実行されていた。


 だが、これは反政府勢力の摘発という名の粛清であることは誰に目に見ても明らかであった。共産党員のみならず、民主派議員も何の法的根拠もなく拘束され、投獄されていったのだから。


 先にこの粛清の動きに気づいたものたちは、アルビオンへと亡命した。アルビオンは彼らを受け入れ、オストライヒ帝国はそのことに形ばかりの抗議を示したのだった。


「アルビオンに亡命者の引き渡しを要求せずともよいのですか?」


 一連の粛清が終わったころ、ユーディトがそうアルブレヒトに尋ねる。


「ああ。アルビオンと下手に関係を悪化させたくないからな。俺たちの敵はあくまで共産主義者どもだ。ガリアとルーシが手を組んで俺たちの帝国を滅ぼそうとしているときに、アルビオンとまで揉めたくない」


 どちらかと言えば、とアルブレヒトは続ける。


「アルビオンはこちら側に引き込みたい。それが可能であれば」


 アルブレヒトは反共同盟としてアルビオンとの同盟を望んでいた。


 ヒスパニア王国とロムルス王国が反共を明確にしている今、旗色をはっきりさせていないのはアルビオンだけだ。


 そろそろ彼らも自分たちがどちらにつくかをはっきりさせるべきだろう。


「アルビオンが味方につけば、いろいろと都合がいい。しかし、そのためには外交努力が必要だな。アルビオンの世論に共産主義の脅威を知らしめなければ」


 アルブレヒトはそう言うが、アルビオンの状況はいろいろと複雑であった。


 アルビオンは民主主義国家である。君主であるジョージ7世はアルブレヒトのように国王親政に夢を見ていないし、政府首班であるアスキス首相もブランコ上級大将のような独裁者ではない。


 そうであるが故にアルビオンは保守党は反共を目指しつつも、オストライヒ帝国やヒスパニア王国と関係を強化することが難しかった。オストライヒやヒスパニアの独裁者たちも、共産主義同様に受け入れがたいのだ。


 ただ、アルビオンには危機が迫っていた。


 アルビオンが有する太陽が沈まないと言われるほどの広大な植民地を巡る問題だ。


 植民地の人間にガリアやルーシが思想を吹き込み、武器を与えて独立運動をたきつけているのである。そのせいで植民地の政情不安が始まり、アルビオンはそのことにも対処しなければならなかった。


 もうひとつは大西洋の向こう側にある国家コロンビア合衆国の脅威だ。


 アルビオンが保有する植民地の市場開放を求めるコロンビア合衆国は、これまでもアルビオンと建艦競争を繰り広げてきた。アルビオンの支配に対する明白な挑戦者であるコロンビア合衆国にもアルビオンは対応しなければならない。


 幸いアルビオンには極東の敷島皇国が同盟国として存在する。彼らはいわばアルビオンの番犬であり、小さな植民地帝国を運営しながら栄え、コロンビア合衆国の太平洋側の抑止力として存在している。


 アルビオンはこのように旧大陸における共産主義の危機、植民地における独立の危機、コロンビア合衆国の危機と三重の危機に見舞われているのだった。


 ここでアルビオンがオストライヒ帝国とまで揉めるつもりはないだろう。オストライヒ帝国とは今は表向きの対立が起きているが、それはあくまで国内へのアピール程度に過ぎない。


「アルビオン、ヒスパニア、ロムルス。この3か国が同盟することが望ましい。そうすれば旧大陸における共産主義の脅威は打ち砕かれるだろう」


 一度目の人生ではアルブレヒトはアルビオンもヒスパニアもロムルスも味方にできなかった。だが、今度はそれを正すつもりだ。


 味方は多い方がいいと今の彼は理解している。


「陛下の望まれるところは分かりました。ですが、今のままでそれは可能なのでしょうか? アルビオンを動かすには、何か彼らにもっと身近に迫った脅威を意識させる必要があるかと思うのですが」


「まさにそうだ、ユーディト。アルビオンには一度共産主義の危険性をその身で知ってもらう必要がある。そのために準備はちゃんと進めてある。既にハルデンベルク宰相に命じてな」


「策がおありなのですか?」


「ああ。これからまた内戦が起きる。ひとつはバルカン王国における内戦だ。我々はこれにも介入することになるが、もうひとつ内戦が起きる予定だ」


「それはどこで?」


 ユーディトはアルブレヒトの予言めいた言葉に問いを重ねた。


「アルビオン」


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