ゼネスト
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──ゼネスト
アルビオン連合王国では依然としてヒスパニア内戦への介入に対する不満がくすぶっていた。フッド事件の関係者が軍法会議で極刑となり、銃殺されるとなおのこと反発は激化してしまう。
『労働者たちよ、今こそ団結を!』
『ゼネストで我々の意志を示せ!』
『ファシストへの支援反対!』
赤旗があちこちに掲げられ、ゼネストを訴えるポスターが貼られる。ここはガリア・コミューンやルーシ社会主義連邦ではなく、アルビオンの王都ロンディニウムだというのに、である。
以前から貼られていた愛国的な『神よ、国王を救いたまえ』というポスターは破られるか、ゼネストのポスターで上書きされている。それが反逆者たちの素性を窺わせていたのだった。
「解散しろ! ここでのデモは認められていない!」
警官隊はゼネストに乗じて起きた反戦デモの鎮圧を目指す。
拡声器がデモ隊に解散を命じ、ライオットシールドと警棒をもった警官隊が古代のファランクスのように隊列を組む。
「ふざけるな! ファシストめ!」
「労働者の敵を討て!」
そんな警官隊に共産党員が石や火炎瓶を投げつける。街の通りは燃え、ものが焦げる臭いと催涙ガスの臭いに包まれている。
アルビオンの民衆はヒスパニア王国への支援に明らかに後ろ向きだった。共和国政府は一応は選挙で選ばれた政権だ。それを国王が自らの権力で選挙結果を向こうにしたというのは、長年『国王は君臨すれど統治せず』というスタンスの下にあったアルビオンの民衆にとって支持しがたい事実だったからだ。
だからゼネストやデモには共産党員以外の若者も参加していた。彼らは自分たちの未来が脅かされていると感じたのだ。その不安をあおったのがたとえ共産党だとしても。
このようにロンディニウムには不満がくすぶり、あたかも弾薬庫に起きた火災のような緊迫感が漂っていた。万が一弾薬庫に引火すれば、その火は一瞬でロンディニウムを包んでしまうことだろう。
そんな中で首相のアーチボルト・アスキス首相は、専用車でロンディニウムの街を進み、国王の居城であるアルビオン宮殿を目指した。
アルビオン宮殿はここ最近の社会主義者による暴動から、近衛兵だけでなく、ロンディニウム警視庁の警官隊も守りを固めており、首相であるアスキス首相も厳重な警備の手続きを受けて中に入る必要があった。
近衛兵も警官隊も重武装で、連合王国の君主の居城を防衛している。
「アスキス首相。国王陛下がお待ちです」
侍従長の出迎えを受けて、アスキス首相は国王ジョージ7世が待つ部屋に通される。
アルビオン宮殿の華やかな内装も、アスキス首相にとっては今は喪中であるかのように暗く感じられた。
「ヒスパニアの状況を報告してくれ、アスキス首相」
そう求めるのは国王ジョージ7世だ。
「現状、ヒスパニア内戦は王国の勝利で終わるという見込みです。最悪は脱しましたので遠征軍を引き上げる予定です、陛下」
「無駄ではなかったのだな?」
「ええ。無駄ではありません。どこかで赤い津波が広がるのを阻止する必要があったのです。もし旧大陸が赤い津波に飲まれれば、我々の伝統も文化も何もかもが失われるでしょう。これは歴史に対する道義的責任の問題です」
「歴史だけの問題だとは思いたくないのだが……」
「もちろん安全保障上の問題でもありました。ヒスパニア半島が赤化することは、我々が握るターリク海峡の保全にも影響しますし、大西洋の安全にもかかわります」
「それならば血を流した価値はあると言っていいだろう」
ジョージ7世は歴史ある王室があるというだけでヒスパニア王国を支援することには後ろ向きだった。それだけのために血を流す時代ではないと思っていたからだ。
だが、これは安全保障上の問題でもあった。
地中海というアルビオンにとって重要な海を防衛するためには、ヒスパニア半島の北端にあるターリク海峡、そして地中海と紅海を結ぶアル・ヌハラ運河を確実に確保しておく必要がある。そこを失うことはアルビオンのシーレーンが脅かされるからだ。
であるが故にヒスパニア王国は存続する必要があったのである。
「次にゼネスト問題はどうなっている?」
ジョージ7世は次に国内を悩ませているだろうゼネスト問題について質問。
「共産党の影響は無視できませんが、コントロール可能な範囲に落ち着くかと」
ゼネストは始まったばかりで既に全国の労働者30万人以上が参加している。だが、内務省の報告によれば参加する労働者は減少傾向にあるようだった。
「首相。私は我らが祖国が分裂することを望まない。その点、あなたが最善を尽くしてくれると信じている」
「もちろんです、陛下。お任せください」
ジョージ7世はアルビオン連合王国でもガリアやルーシで起きたような共産革命が起きることを危惧していた。それが起きれば自分たち王室はもちろん、国民もまた不幸になるのだと思って。
その後もゼネストによる経済混乱は大きく、無視できない規模になってきた。しかし、同時に市民生活が困窮を始めると仕事に復帰する市民も出始める。
さらに政府はヒスパニア内戦からの撤兵と支援停止を決定し、そのことによってアルビオンにおける政治的緊張は急速に弱まった。
しかし、共産党員が銃殺刑にされたフッド事件のことを根に持つ共産党員は少なくなく、彼らによるテロや暴動がアルビオンでは続くことになる。
ロンディニウムの通りでは自動車への放火から爆弾テロまで、共産党員によるテロが続いた。ロンディニウム警視庁の警官隊は重武装で街の警備に当たり、ときおり起こる組織的な暴動には催涙ガスと放水が行われた。
それでもまだ火薬庫への引火は防げている。
さて、 アルビオンのヒスパニア内戦からの撤兵には、内戦終結の目途が立ったというだけではなく、別の理由もあった。
それはヒスパニア王国で権力を握った人間という問題だ。
ヒスパニア王国では国王フェルディナント10世の亡命後、陸軍元帥であり枢密院議長であったサンティアゴ・テヘーロ元帥が国家を指揮してきた。
しかし、その権力にはいまいち正統性がなく、かつ彼を支持する人間も王国政府内では少数だった。さらに彼は戦争を戦う軍人としての人気がなく、あくまで枢密院議長であるからという理由だけで権力の座にあったのだ。
ヒスパニアでは国王亡命後の権力者たちのゲームは複雑さを増し、誰が主導権を握るかで暗闘が繰り広げられた。
オストライヒ帝国ではアルブレヒトがその権力のゲームの先行きを予想している。
「テヘーロ元帥は時期に失脚するだろう。やつに国家を背負うような気概はない。軍人としても優秀と言えず、緒戦の敗北を招いた張本人だ。やがて、別に優秀な人間に取って代わられるだろう」
「殿下はその人物に心当たりがおありなのですか?」
「ああ。一度目の人生では惜しくも勝利を逃した男だが、今回は勝利するだろう」
アルブレヒのトその予想通り、権力のゲームに軍人としての人気があり、指揮官としても有能と知られる男が権力のゲームに台頭する。
アウグスティン・ブランコ陸軍上級大将だ。
ブランコ上級大将は前線部隊の信頼を確実に獲得しながら権力を拡大し、王国陸軍に置ける確実な指揮権を得た。もはや誰もがブランコ上級大将を軍の最高司令官だと見做している。
そしてテヘーロ元帥が移動中の事故で“事故死”すると、今やヒスパニア王国における全権を掌握し、自らを王国宰相を自称した。彼の名の下にヒスパニア王国は共和国を打倒しつつある。
アルビオンはこのことを危惧していた。
ブランコ上級大将は選挙で選ばれたわけでもないし、政治家としての経験があるわけでもない。それに国王フェルディナント10世に宰相に任じられたわけでもない。
それが勝手に政府を組織しているのにアルビオンは国内外の世論が反発することを想定して手を引いたのだ。
事実、ブランコ上級大将は軍事独裁体制を構築しつつあり、アルビオンとは相いれないのは明確になりつつある。
それでもオストライヒ帝国とロムルス王国だけは構わずに支援を続け、ブランコ上級大将はもはや公式の指導者としての既成事実を作っている。公式の場でも彼は王国宰相を自称し、自らに権力を集中させていた。
それでも両国はヒスパニア半島が赤化しなければ、そこで権力を握るのが誰であろうと構いはしなかったのだ。
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