陸軍の老人たち

……………………


 ──陸軍の老人たち



 ヘルドルフ上級大将は皇帝親衛軍を拡大し、同時に陸軍から多くを引き抜いた。


 このことに帝国陸軍の老人たちは不満を覚えている。


「摂政殿下が急がれておられるのは分かります」


 アルブレヒトのお茶会に招かれたハルデンベルク大臣がそう告げる。


「昨今の不安定な情勢に確かな駒を必要とされていることは、私としてもよく理解しているつもりです。ですが、急ぎすぎれば逆に足元をすくわれます。十分に用心されるべきでしょう」


 ハルデンベルク大臣は忠告するようにそう言った。


「陸軍の老人たちが反発していると聞いているが」


 アルブレヒトも独自の情報網で陸軍の状況を把握しており、そこで陸軍の支配する老人たち──将軍たちが、アルブレヒトの行った大規模な皇帝親衛軍の拡大に反発してるという知らせを受け取っていた。


「ええ。陸軍の将軍たちは反乱など起きないと思っておりますので」


「フッド事件があった後でよくもまあそう悠長でいられるものだ」


「伝統的オストライヒ帝国軍人は反逆しない。将校においてはそれが徹底されている。彼らはそう思っているのですよ」


「愚かしい限りだな。誰がバルム蜂起の際に武器を横流ししたのか忘れたらしい」


 バルム蜂起でオストライヒ共産党に武器を横流しした帝国陸軍の関係者には兵卒のみならず若手の将校も含まれていた。


 今はそれらの将兵は泳がせてある。帝国陸軍の将兵がバルム蜂起に関与したということが公になれば、信頼は損なわれ、帝国陸軍が割れるやもしれないからだ。


「それであればファルケンハウゼン元帥と会おう。陸軍の老人たちの機嫌取りだ」


「そうなさるべきかと」


 アルブレヒトは陸軍参謀総長のフリードリヒ・フォン・ファルケンハウゼン元帥と会談の場を設けることを決め、彼をファルケンシュタイン宮殿に招いた。


「ファルケンハウゼン元帥、よく来てくれた。歓迎する」


 ファルケンハウゼン元帥は老齢の男性で、ひょろりとした長身の男だ。参謀本部ではいつも気難し気にしていることで知られるが、今日はなおさら気難しいように見える。眉をしかめ、口元はきっと結ばれている。


「摂政殿下。私としましても相談すべきことがあります」


「皇帝親衛軍について、だろうか、元帥?」


「その通りです。それから警察軍についても。率直にお尋ねしますが、摂政殿下は陸軍を信頼しておられないのでしょうか?」


 ファルケンハウゼン元帥はよほど昨今の出来事が気に入らなかったのか、即座にそう話を持ち出した。


 警察軍の拡大、皇帝親衛軍の拡大。帝国陸軍とは一部権限を同じくする組織が急速に拡大してるのは、アルブレヒトが帝国陸軍は信頼にあたわずと示しているかのようなものであったからだ。


「元帥。俺は陸軍を信頼していないなどということはない。しかしながら、これまでの状況を鑑みるに手放しで信頼できるとも思っていない」


「それはどういうことでしょうか?」


「残念ながらバルム蜂起で武器を横流しした陸軍将兵の中には将校もいた。さらにはアルビオン連合王国で起きたフッド事件。軍の中に社会主義者たちが細胞の育てている。連中が掲げるのは労働者と兵士の楽園、だということだからな」


「それは……」


 アルブレヒトのその言葉にファルケンハウゼン元帥は言葉を詰まらせる。バルム蜂起に帝国陸軍将兵がかかわったことは、ファルケンハウゼン元帥もうっすらとしか把握していなかった。


 だが、アルブレヒトはそれを証明するかのような書類をファルケンハウゼン元帥に対して見せた。オストライヒ共産党がどこから武器を手に入れたかの情報で、それは帝国陸軍を指していたのだ。


「……だから、陸軍は信頼できないと?」


 ファルケンハウゼン元帥はそれでも食い下がった。


「手放しで信頼はできないと言っている。信頼しないわけではない。ファルケンハウゼン元帥、平和はどのようにして保たれる?」


 その問いに対してアルブレヒトは不意にそう尋ねた。


「政治家の外交努力でしょうか?」


「やめよ、元帥。俺は軍人にそのような模範回答を求めてはいない」


「……両国の軍備による抑止力」


 ファルケンハウゼン元帥は呟くようにそう言った。


「その通りだ。それは国内においても通用する理論だとは思わないか?」


 アルブレヒトの言葉にファルケンハウゼン元帥は考え込むように顎をさすった。


「平和が続けば誰も相手をけなしたり、貶めたりしない。信頼できる相手だと誰にでも言えるだろう。平和が大事なのだ。そして、そのための勢力均衡も」


「殿下の仰りたいことは理解できました。陸軍に至らぬ点があったがゆえにということも。しかし、摂政殿下。殿下の行動はやはり陸軍への不信を感じさせます。私だけはありません。他のものたちにとってもです」


「ふむ。陸軍の将軍たちの機嫌を取らねばならぬということか」


「ヘルドルフ──上級大将は随分と好き勝手にやりましたのでね」


 ヘルドルフ上級大将は陸軍から人材を引き抜きすぎていることをファルケンハウゼン元帥は暗に伝えた。


 帝国陸軍の老人たちは自分たちの縄張りが荒らされ、手塩に掛けて育てた部下が奪われ、職権が侵害されつつあるのに大きな不満を抱いていた。


「であるならば、いくつか約束をしよう。陸軍が懸念している組織は警察軍、皇帝親衛軍、そして降下猟兵軍と言ったところか?」


 ハルデンベルク大臣の息のかかった警察軍は見るからにアルブレヒト派であるし、皇帝親衛軍はアルブレヒトの私兵そのもの。


 そして、降下猟兵軍は大規模な空中機動部隊であり、その即応性の高さから皇帝や帝国宰相がすぐさま動かせる戦力として知られている。アメリカにおける海兵隊的位置づけであり、第二の皇帝親衛軍とも呼ばれることがある。


 それもまたアルブレヒトの配下にある組織と言えよう。


「それらの組織は確かに殿下に親しいものですな」


「そこで、だ。俺は皇帝親衛軍のみに1名だけ元帥を認める。だが、他のふたつにおいては元帥を任命せず、従来通り陸海空軍には平時において1名ずつ元帥を設置する。俺は元帥という地位を尊重しよう」


 元帥という高位の軍人は少なければよい。


 元帥というものがやたら多いのは元帥という地位が軽んじられる証だ。帝国陸海空軍及び皇帝親衛軍、降下猟兵軍、警察軍の最高位の軍人である元帥は、その数が少ない方が特別な存在となり、発言力も増す。


 独裁者としては軍部と敵対していたアドルフ・ヒトラーが元帥を増やし、その地位を低下させたことで知られている。


 しかし、アルブレヒトは軍部を警戒すれど敵対する気はなく、彼らの機嫌を取って懐柔することにした。


 元帥の数はこれまで通りとされ、警察軍元帥や降下猟兵軍元帥は生まれない。皇帝親衛軍にのみ1名の元帥が任命される。


 元帥の任命も皇帝、そして摂政の役割であり、アルブレヒトにその権限があった。


「殿下のご配慮に感謝いたします」


「陸軍としてはもう不満はないと考えてよいか?」


「殿下が我々のことを気にかけてくださっていることは、私から他のものたちにもしっかりと伝えておきましょう」


「助かる、ファルケンハウゼン元帥。今日は有意義な時間が持ててよかった」


「では、失礼いたします」


 ファルケンハウゼン元帥はそうとだけ述べて、それから退室した。


「陸軍の反発はこれで防げるでしょうか?」


 ファルケンハウゼン元帥の退室後にユーディトがアルブレヒトにそう尋ねる。陸軍の反乱について懸念を示していた彼女は、これで陸軍を懐柔できたのだろうかと疑問に思っていたのだ。


「まだ分からないな。陸軍の年老いたの連中は自分たち権益が確保されていることに安堵するだろうが、若手の下っ端はそうではないかもしれない」


「問題はまだ続きそうですね。将軍たちが上手く軍を収めてくれることを期待するよりなさそうです」


「そうだな。それに俺たちには陸軍以外の問題も残っている」


 アルブレヒトはユーディトにそう言うと、ユーディトは何かを察した表情を浮かべる。彼女はアルブレヒトが何を懸念しているのかを察したのだ。


「三大公爵問題ですか?」


「そうだ。帝国陸軍とも違う独自の軍を持っている連中も警戒すべき敵だ。国家保衛局の調査によれば──」


 アルブレヒトがユーディトに告げる。


「バルム蜂起にも連中は関与している」


……………………

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