オストライヒ・レーテ共和国

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 ──オストライヒ・レーテ共和国



 帝国諸邦のひとつバルム侯国にて大規模な暴動が発生した。


 人々は赤旗を掲げてシュプレヒコールを上げ、火炎瓶などを放りなげ、暴動鎮圧に駆り出された警察軍と衝突している。


『労働者よ! 反動体制を打倒せよ! 我らが革命の第一歩である!』


 そして、オストライヒ共産党に属するオストライヒ・レーテ共和国陸軍と名乗るテロリストはラジオ局を占拠し、大規模な反政府暴動を呼び掛けた。


 これに至るまでの経緯を説明しよう。


 まずこの暴動の直接的原因はカール4世フィリップ・テオドール大学でのアルブレヒトの親政を訴える講演だ。皇帝親政を目指すことを示したアルブレヒトの、あの大学における講演である。


「これを認めることは断じて許されない。この講演は帝国最大の反動分子がどの人間なのかを明白に示した。その反動分子は帝国において民衆の意志を踏み躙り、時代錯誤な王権政治を目指している!」


 オストライヒ共産党の拠点がある帝都郊外の寂れた食料品店の地下。照明は小さく薄暗くて、カビとアルコール、そして濃いタバコのの匂いがするそこで、大声で演説をしている人間だ。


 演説を行っているのは共産党員だ。この講演の内容が発表されてから、オストライヒ共産党第一書記のリヒャルト・ルクセンブルクは同志たちにそう訴えていた。


 ルクセンブルクは40代ほどの男で、安物のスーツを纏い、大きく身振りしながら同じ共産党員たちに演説している。


 ルクセンブルクはかつてカール4世フィリップ・テオドール大学で学んだこともある役人志望だった。もっとも試験に失敗して志望していた中央官庁の役人にはなれず、道を踏み外したところを不平不満の掃きだめであった共産党に入党した口だ。


「速やかなる革命の実現がなされなければ、この国は時代錯誤な暗黒時代へと突入するだろう。今こそ我々は立ち上がるべきなのだ」


 しかしながら、オストライヒ共産党入党ののちは、その才能が開花したかのように地位を上り詰めて、瞬く間に最高権力者である共産党第一書記へと至った。


「その意見には賛成です」


 同じオストライヒ共産党の同志のひとりであり、ルクセンブルクの政治的ライバルでもある30代ほどの若い共産党員ルート・テールマンも、今回ばかりはルクセンブルクの意見に賛同した。


 今回ばかりというのは、彼らはオストライヒ共産党はオストライヒ政府だけではなく、身内の同志たちとも争っていたからだ。


「そのためにはガリア・コミューンやルーシ社会主義連邦の援助を受けなければ。我々あは革命に成功した先達たちであり、社会主義の同志たちと手を結び、この困難を乗り越えるべきではないか?」


「テールマン委員! それは売国行為だ!」


 それは民族革命路線とインターナショナル路線の競合だ。


 民族革命路線ではあくまで革命はオストライヒ帝国において、その国民により成し遂げられるべきものであり、他国がどうあるべきかまでは干渉しないし、干渉させないというものであった。


 逆にインターナショナル路線は世界的な社会主義運動である共産主義インターナショナルを構成する各国と連携し、全世界で革命を実現しようというものだ。


 現在オストライヒ共産党では第一書記のルクセンブルクが民族革命路線であり、それと対立するテールマンたちがインターナショナル路線である。


「我々だけで革命を成し遂げても何の意味もないということを理解してもらいたい。革命の理想はプロレタリア独裁による労働者の解放と、そして世界平和の実現にある。そのために我々は世界と連携しなければいけない」


「前大戦でガリアやルーシの人間が我々オストライヒ国民に何をしたのか忘れたのか! 我々の大地に奴らは毒を撒いて、何百という家族から大切な人々を奪った! あの血に飢えた獣たちと手を取り合うなど愚か極まる!」


「前大戦はまさに反省すべき汚点だ。城内平和の名のもとに行われた反動体制との結託はまさにおぞましい所業であった。我々はあの時点で社会主義の同志たちとともに立ち上がるべきだったのだ。そして戦争を早期に終わらせるべきだった!」


 インターネット路線のテールマンたちと他の民族革命路線の共産党員が罵り合う。


 前大戦──最初の世界大戦の際に各国の社会主義政党は自国の勝利のために他の政党と争うことをやめ、戦争に協力する姿勢を取った。これがいわゆる城内平和だ。


 この城内平和によってオストライヒ帝国は戦争に勝利した。だが、社会主義者たちの一部はあの戦争の際に他の反革命政党と協力したことを悔やみ、憎悪し、あのとき他国の共産主義者たちともに立ち上がるべきだったと考えているものもいる。


 そして、そのような前大戦の終結後、共産主義インターナショナルが結成される。しかし、オストライヒ共産党は未だにそれに参加してはいない。


「静粛に、静粛に。我々は行動しなければならない。いかなる外交交渉を行うにせよ、自ら立ち上がらないものには誰も味方はしない」


 ここでルクセンブルクが冷静にそう語った。


「我々はついに全面的、そして決定的戦いに打って出るのだ。我々が立ち上がることで国内の全ての労働者と兵士が我々に続いて立ち上がるだろう。それによってついに我々は悲願の革命を成し遂げるのである」


 ルクセンブルクはそう宣言。


「つまり、ガリア・コミューンなどの支援は受けない、と?」


「我々が立ち上がることが重要だ。最初から他国に支援してもらうことを考えているのでは、勝利はなされない。血を流さないものに勝利はない。そして、いくら同盟国が得られようと彼らに血を流させて自分たちが呑気にしているわけにはいかない。違うか?」


 あくまで外国勢力の助けを頼らず、自分たちで勝利しようというルクセンブルクたちに、テールマンたちインターナショナル路線の人間は渋い表情を浮かべる。


 口にはしなかったがルクセンブルクが恐れていたのはガリア・コミューンやルーシ社会主義連邦の力を借りたせいで、彼らにこのオストライヒという国を乗っ取られるのではないかということだった。


「同志諸君。オストライヒの革命はオストライヒの市民である我々が成し遂げるべきなのだ。我々は自分たちの手で反動体制を打倒し、理想を手にする! 今こそこの国に赤色革命をもたらそうではないか!」


「おおっ!」


 こうしてオストライヒ共産党による大規模武装蜂起が決定した。


「やはり狙うべきは帝都か?」


「帝都は最近警察軍の規模が増強されている。第1警察軍装甲擲弾兵師団と第6警察軍騎兵師団の他に1個師団が存在する。それでは敵の重武装の部隊に正面から挑むことになり、現実的ではない。肉挽き器に手を突っ込むようなものだ」


「では、どこを狙う?」


「帝都ほど警備されておらず、それでいて帝国を今も維持する権威となっている都市。狙うはバルム侯国だ」


 帝都カイゼルブルクは真っ先に攻撃目標から外れ、バルム侯国が目標となる。


 バルム侯国は帝国を構成する諸邦のひとつであり、バルム侯爵はかつては選帝侯の地位にあったこともある貴族の家系だ。バルム侯国にはオストライヒ帝国の歴史を感じさせる城や遺跡などが多数現存している。


 このバルム侯国で革命が起き、赤旗が掲げられれば、オストライヒ帝国は大きく揺さぶられることだろう。


「我々の蜂起によってオストライヒ全土の労働者と兵士が我々に同調するだろう。我々は革命の先兵になるのである。恐れることなく腐った反動政府に立ち向かおう!」


 労働者と兵士たち。それがオストライヒ共産党の支持層である。彼らを取り締まる内務省が考えている以上にオストライヒ共産党は各所に浸透していた。


 武器弾薬の入手も帝国陸軍内の不穏分子から行えた。軍用小銃や爆薬が密かにオストライヒ共産党に渡され、さらにそこに手製爆薬なども加わる。パイプ爆弾や火炎瓶などの武器はこの時に備えて蓄えられていた。


 しかしながら帝国の秘密警察たる国家保衛局がこれらの動きを全く把握していなかったわけではない。彼らは既に武装蜂起の情報を入手していた。


 だが、の国家保衛局を指揮するハルデンベルク大臣は敢えてそれを泳がせたのだ。


「第1人民中隊はラジオ局を占領する。ラジオ局から我々が革命を起こしたということを帝国全土へと布告するのだ」


 ルクセンブルクが革命のための作戦を手配する。


「第2人民中隊は警察署。警察軍と国家警察による介入を阻止し、先制攻撃によってこれを無力化する。連中に革命の邪魔をさせるようなことがあってはならない」


 警察署は最優先攻撃目標となった。この作戦における最大の脅威は治安維持法の下、いつでも治安出動できる警察軍の即応部隊なのだ。


「第3人民中隊は政府庁舎の制圧を。第4人民中隊はバルム侯爵私邸にてバルム侯爵を拘束ないし殺害せよ。そして、第5人民中隊は──」


 ルクセンブルクが指揮する中、バルム侯国にオストライヒ共産党の党員たちが秘密裏に結集し、襲撃計画を練る。ラジオ局や警察署と言った重要地点を制圧し、最終的にバルム侯国に社会主義国家を樹立するのだ。


「さあ、今こそオストライヒ・レーテ共和国をこの地に建国する。同志たちよ、全ての労働者のために団結せよ」


「おおおおおおーっ!」


 帝歴1958年6月。暴力革命を目指してオストライヒ共産党が武装蜂起。


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