したたり《死祟》

クサバノカゲ

1日目

 目が覚めると、部屋の真ん中に水溜りがあった。


 新卒採用の東京の仕事を辞め、五年ぶりに帰った地元。転職先は決まってないけど、蓄えはそこそこあるので実家暮らしを拒否し、完成したての新築マンションのワンルームに引っ越した。


 その、翌朝のこと。


 真新しいフローリングに拡がるコップ一杯分くらいの水溜りは、透明な澄んだ水だった。

 はいつくばって嗅いでみたけど、匂いもない。真上を見れば白い天井には、小指の先ほどの黒ずんだみが見える。


 内見のときはなかった気がするけど、不動産屋のお姉さんが美人なせいで浮かれてたから、よくおぼえてない。


「ええと、305号室の青木アオキです。はい。床に水溜りが出来てて──」


 管理会社に電話をしてみたけど、上の階は空室だという。

 新築で水回りの不備は考えられないし、今年は空梅雨で雨も一週間は降っていないから雨漏りも有り得ない。管理会社としては、とりあえず様子を見てほしいという結論だった。


「──はい、わかりました。じゃあ何かあれば、また」


 どうも担当の男性は、俺が自分で水をこぼして勘違いしているとでも思っていそうだった。

 しかたなくタオルで拭いて、洗濯機に放り込んだ。


 その日の夜。



 ぽたん


 ぴたん



 ──どこか遠くで、水のしたたる音を聞いた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る