第13話 正体見たり枯れ尾花

「じゃあ私は二十年前の災害の犠牲者の一人」


「そういうことや。中でも井戸ちゃんは若かったんと、その若さに似合わず町民の避難を最後まで手伝っとったさかい、ちょっとした話題になっとったんや。避難できた町民はみんな井戸ちゃんに感謝しとる」


「そっか」


「なのに、ワシは目の前におったのに、助けられんかった。もしまた井戸ちゃんに会えたなら、ワシは何度謝っても足らんと思い続けて……」


眉間を抑え涙を流すおじいさんを見ていることしかできない。


「井戸子、すまんかった。港でお前さんに会うた時、ワシはてっきり祟られるとばかり思うて。いや、むしろそれを望んどったんや。ワシが止めときゃお前さんが犠牲になることもなかった。ワシが無理やりにでもお前さんを船に乗せとれば……」


収まることを知らない落涙が漆塗りの机を濡らす。


「あ、私……そんなこと言われたら……私、も……」





「ただいま」


「イアンか、おかえり。井戸子なら外出中だ。なんでも、自分の遺体を探しに行くって張り切って出ていってな」


「遺体を?」


「あぁ。お前も知っての通り井戸子の遺体は行方不明だ。彼女が亡くなった時から本人から聞いている通り。しかしそれは井戸子本人が覚えていないだけで既に埋葬されている可能性は十分にある。それを探しに一度実家があった場所に戻るそうだ」


「何でついて行かなかったんだ?」


「俺たちは踏み込み過ぎだ。たまには彼女にプライベートな時間を与えたいと思っただけだよ」


「そうか」


「ハリスの様子は見てきたか?」


「あぁ。相変わらずだったよ」


「手には触れたか?」


「あぁ。何でそんなこと?」


「温度は?」


「温度?うーん、なんというか暖かくも冷たくもなくて」


そこまで聞くとカルロは何かの資料にペンを滑らせる。


「何をしている?」


「メモだよ研究結果の」


「何か新しいことでもわかったのか?」


イアンがカルロの手にある資料を覗き込むと、そこにはハリスの顔写真とフルネームが記載されていた。


「カルロ、これは何の冗談だ?」


イアンの顔が曇る。


「このカルテが冗談に見えるか?」


カルロは机に資料を置き、イアンに見せた。


「イアンは井戸子に触れたことがあるか?」


「いいや、無い」


「俺はある。何というか死人にしては暖かくて、人間にしては冷たい。まるで空っぽ……みたいな」


カルロの言葉にイアンの表情はさらに曇りを帯びる。


「それじゃあまるでハリーみたいだ……」


握りしめた手の震えは収まらず、そこには確かな温もりだけが纏わりついて離れない。


「メイジ―にも聞いてないのか?」


カルロは資料の家族構成欄を指差しながら問いかける。


「リリのことか、あいつは何も。ただ諦めろとだけ」


「いいか?イアン。落ち着いて聞いてくれ。ハリスは既にこの世にはいない」


「そんなはず……」


「お前が今まで病院で看病していたのは幻なんだ。我が子の死というのはお前の中で大きすぎたはずだ。そのショックを機に幻覚を見始めてしまうくらい」


午前11:00の研究室には相変わらず利きの悪いエアコンの風音が嫌なくらい響き渡っていた。

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