第9話 再会

『バシュッ』


プラスチック製の矢がブレず的の中心を射る。


「おぉ、大したもんだな井戸子」


観察二日目。

本日はカルロ同行の元、身体能力の変化を観察する。比較対象は生前と霊体と現在。外出前の身体測定は異常なし。ただ人間の身体で体重を測るのには依然として抵抗アリ。


今日は近くのアミューズメントパークで運動をしつつ計測をしていく。当然四六時中研究ばかりのカルロには負けられるわけがない。絶対に。絶対に……


「君、強すぎでしょぉぉぉ。どうせ私が浮かれてたのみて嘲笑してたんだ!この人でなし!」


ど真ん中に刺さった矢を飄々と抜くカルロの背中に罵声を浴びせる。


「なんで!?この二十年間私の方が身体動かしてたのに!研究中暇すぎて体操とかしてたのに!」


「いや、井戸子の方がうまいよ」


「へ?」


「俺はアーチェリー下手くそだったし、子どものころから苦手だった。今の井戸子のフォーム、腕を引く角度だったり手の位置だったり、そういうのを観察して真似したんだ」


「何の謙遜にもなって無いよそれは」


『カチャッ』


隣のレーンの客が矢をとり、射る。


『トッ』


それは小さな音を短く放ち、的を刺した。やや左逸れだが矢の飛び方は井戸子やカルロの矢と比べ断然直線を描いていた。その速度も一目瞭然である。


「すごい……」


井戸子の感動の隣でカルロは固まっていた。


「まさか……」


「カルロ?」


帽子を深くかぶりマスクをしたその女性客(おそらく)は戸惑う様子の二人には目もくれず、二本目の矢を絞った。


「沙那……?」


カルロのその言葉に動揺するようにして、女性の放った矢の向きが大きくずれる。


『トッ』


「朝比奈さん?」


井戸子の言葉に女性がこちらを見る。


「浅井沙那を知っているの?」


井戸子の予想通り、その女性の正体は昨日会った記者の朝比奈だった。





『ストライク!』


スクリーンに映るゆるキャラ、ねこみょんが井戸子のストライクを褒め称える。


「井戸子ちゃん、腕がいいわね」


「ありがとうございますぅ」


井戸子の表情に花が咲くのをカルロは安心したように見ている。


「昨日はうちの井戸子がすみません。お昼の代金を朝比奈さんに借りたみたいで」


「いいのよ。私も記者として色々聞かせてもらったから、協力のお礼」


「ほう、記者ですか……。井戸子に何か気になることでも?」


「いえ、たまたま街で見かけただけよ。今時カードの使い方も分からない女の子なんて珍しいですから」


なるほど、それはお世話になるわけだ。カルロは納得する。お金を持たせたというのに友達に払わせてしまった井戸子の行動は昨日から疑問に思っていたのだった。


「うちの妹がお世話になりました」


とりあえず井戸子は自分の妹ということにして話を進めようと嘘をつく。しかし兄弟の居なかったカルロにとってこの発言は何となくむずがゆく思えた。


『ストライク!』


再びスクリーンのねこみょんが井戸子のストライクを称える。”ねこ”の正体には酔っぱらった人が見間違えた犬であるといった説や鳴き声がカエルに似ていることからカエルを食べたウサギという説もあるがその正体は現代にいたっても謎のままだ。

子ども向けのアミューズメントパークでボウリングゲームを運営するならもっとオウムやらゴリラを基にしたゆるキャラにすればいいのに。得体の知れないものというのは不気味である。


「やったね井戸子ちゃん」


朝比奈が立ち上がり、7ポンドの玉を抱える。


「ありがとうございます。私ちょっと玉の重さ変えてきます」


「えぇ。いってらっしゃい」


井戸子がいなくなった空間にしばし沈黙が流れ、またすぐに破られる。


「何をそんなに後ろめたそうにしているのかしら?」


背を向けたまま、朝比奈がカルロに問いかける。


「……」


「浅井沙那が私に似てた?浅井沙那を知っているの?」


「……いいや、たまたま同名の旧友に似てただけだよ。帽子をかぶってたから見間違えたんだ。不快な思いでもさせていたら、悪かったな」


「いいえ。彼女の行方を知りたかったからむしろ好都合だと思ったんだけどね」


朝比奈の手から玉が投げられる。レーンを転がる玉は一定の速度を保ち、少し左に逸れてピンを全滅させた。


『ストライク!』

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