38.英雄

 立ち上がると、正面に白い花と白布で飾られた祭壇、その向こうにグレースがいた。

 ヴェールの端を押さえるファスタは一歩も動かない。

 差し込んだ日の光は濡れた地面を蒸発させている。

 

 群衆は息を飲んで固まっている。


「ダイチ殿……」


 グレースが口を開いた。


「これは議会とこの国の商会組合ギルドを繋ぐための重要な式典である。それを邪魔するというのなら、それは褒賞授与式を襲撃した盗賊達と同じ――反逆者とみなされるぞ」

「しらん!」


 俺は一蹴する。


「俺はお前を殴りたいだけだ!」

「なるほど」


 グレースはわずかに頷く。なんか勝手に納得してやがる。


「貴殿はこの結婚を止めたいのだな……」

「ん? あ、ああ、そうだ! いたいけな少女を巻き込むのは許されない! 望まれない結婚に迫られるかわいそうな少女を救うために来たのだ!」


 ……うん、そうだ。

 ミトもそう言ってたし……俺も、ファスタにはよくしてもらったからな。


「つまり、婚姻をかけて決闘を申し出るということか?」


 グレースが片手を持ち上げる。


「ならば剣を――」

「バカ、決闘じゃねえよ、殴り合いだ!」

「んなっ!」

 

 騎士様の礼節なんて知らねえ。

 

 言い終わるより先に俺は踏み込む。


 拳を、風を巻き込んで顎のあたりに一発!


 ガン!


 鈍い音。これは、人の感触じゃない。


 拳先に冷たい石みたいな抵抗……氷だ。


「……魔法剣は、剣がないと使えないというわけではない」


 壁の向こうでグレースが言う。


「コモスポートで盛んな剣術と同時に使えるようにしたというだけで、本質は『付与系魔法』の一種だ。今の防御は、さながら『魔法拳』とでもいうだろうか」


 ごたごたぬかしやがって。

 

「どうでもいい、全部ぶっ壊す!!」


 もう一発、もう一発!


 氷は殴るたびに新しく生成される。

 

 クソッ、キリがない。

 

 このままじゃただの体力勝負になっちまう……!


 グレースは俺が思案している間も余裕そうにしている。


「そして……その『付与』できるものに制限はない」


 グレースの靴先から、霜が走った。


 ……こいつ、地面に付与しやがった!


「クソ、何でもありかよ!」

「普段は使わない。剣に付与したほうが扱いやすいし……消費魔力が大きすぎるからな」


 付与する『武器』の大きさによって、消費魔力が変わるのか?

 

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

 これまでのように『地を這うように氷が迫る』わけじゃない。

 直接地面から、氷が生えてくる……!


 ……まずい、どうしよう。

 いや……地面にいなければいい……!


 跳ぶ。

 ジャンプだ。


 俺はその魔法から逃れるために、空へと――


「かかったな」


 ――奴の手元には、対空迎撃用の氷の矢がいくつも生成されていた。

 

 まずい!


「うおおおおお!」


 俺は飛来する氷の矢を――掴み、つぶす!

 

 見える!


 動くものは全部見える!

 手に触れた矢を、片っ端から握りつぶす。

 片手で砕き、もう片方で防げないものを払う。


 それでも、すべては防ぎきれない。

 

 肩に掠る。冷たさが走る。

 痛い。

 ……けど、耐えられる!


「なんて動体視力……!」


 グレースが目を見開いた。


 俺は空を蹴り、グレースへ落下する。


 握って、払って、最後の矢を砕いた瞬間、俺はもう一度空気を蹴って加速する。


 風切り、祭壇の白布が跳ねる。


 グレースは急いで拳から氷の膜を生成している。

 しかし、この空からの攻撃は耐えられまい!


 重力加速を追い越した重さを、拳にのせて――


 グレースを殴った。


 氷の膜を突き破り、奴の胸元に届く。彼は両腕を交差して受けた……が、受け止められるはずもない。


 拳には強い衝撃が伝わる。

 祭壇上の白い花弁と氷の欠片が空に舞い、太陽を乱反射する――のも、つかの間、もう一発、グレースを殴る――トドメだ。


 グレースは祭壇を背に血を吐きながら膝を折った。

 

 俺は切れそうな息を整え、それから近づく。

 グレースは床に手をついて、俺を見上げた。

 まだ目には青い炎が宿っている。凄まじい闘志だ。


「……やはり、ダイチ殿は強いな……しかし」

「負け惜しみは見苦しいぞ」


 彼は俺の言葉を冗談だと思って鼻で笑い、そしてすぐ真顔に戻った。

 

「――しかし、私を倒したところで何も解決はしないだろう」


 何の話だ?

 

 ――ああ、そう言えば「ファスタを助ける」と宣言した。

 確かにその点で言えば、このままではどうにもならないかもしれない。心当たりはある。

 

「……革命の事か?」


「知っていたか」


 グレースは視線だけで広場を示す。


「この教会にいる殆どは私の革命に賛同した者達……私が宣言したら、すぐにでも海兵団を追い出し、議長の首を刎ねる」


 群衆に目を向ける――誰にもこの会話は聞かれていないようだ。

 激しい戦いの直後だ、近づけないのだろう。

 話の渦中のゾリカエリーも、心配そうにこちらを見ている。きっと、グレースを心配している。


 俺はあらかた周りを見回し、グレースより強そうなやつがいないことを確認。


「そいつら全員殴ればいいんだろ?」


 つまり、全員倒せる――

 

「数が数だ。貴殿の強さをもってしても無理だ」


 グレースは淡々としていた。


「それに革命軍は、教会にいる人だけではない。これからすべての仲間達が動きだす。この混乱を止めることはできやしない。面倒な事態にしてくれたな」


 なるほど、確かにそいつら全員を殴るのは現実的じゃない。

 しかし――俺には一つ案がある。

 

「その仲間達ってのは、お前に賛同した奴らか?」

「ああ……国のため、革命を起こさねばならないと賛同してくれた連中だ」


 ここまで来たら、グレースの鼻っ柱を折ってやりたい。殴っても屈しないのなら、そうしてやりたい。


「ああ……そいつらもまだ、氣付いてないんだな」

「何を」

「せっかくだし、お前の野望ごと、全部打ち砕いてやる」


 俺は祭壇に上がった。

 花びらを踏んで、白布の上に立つ。

 

 群衆の視線が刺さる。


 ――ああ、気持ちいい。

 

 久々だ、俺は誰かに尊敬されるのが好きなのだ。

 こいつらは今俺の事を奇異な目で見てやがるが、すぐに手のひらを返し感心することになる……!


「お前ら、聞こえてるか!」


 俺は腹から声を出す。

 

 誰も『帰れ!』なんて言わない――言えないのだ。

 この場、この国で一番強いとされるグレースを倒した直後だ、委縮してる。

 皆、見る。見るしかない。

 いいぞ、その調子だ。見てろ。


「こいつらは己の私腹を肥やすため、いたいけな少女を手籠めにするつもりだったんだ! 許されるものか!」


 俺はファスタに視線を配る――ヴェールに隠れていて、どんな表情をしているかは見えない。

 が、明らかに困惑している。

 

 まあいい。関係ない。

 ……俺の主張に事実などいらない。


「なんだなんだ……?」

「どういうことだ!」


 群衆がざわめく。

 元から式に出席していたもの、海兵団、そして混乱に乗じ様子を見に来た野次馬達。


 俺はすべてに語り掛ける!


「同志たちよ!」


 俺は両手を広げた。


「この声が届いているのなら、声を挙げろ!」


 ――かすかに声が聞こえる。

 俺がこれまでしてきた『ビジネス』を軸に組織した同志たち。

 

「立派な椅子に座ってふんぞり返ってる無責任な奴らに、貴重な血税を搾り取られてたまるか!」


 誰かが「そうだ!」と叫ぶ。

 それに呼応する者達――それはきっと、同志だけじゃない。群衆の中から、俺に賛同したものもいるはず。


 ――俺は昨日、同志たちの組織名を決めた。マルチダに伝え、広まり、俺が呼べば発起する。顔を晒せない一般人も、仮面をかぶり同じ声を挙げる。

 今がその時だ。

 

「ここに宣言する! これより、ダイチ・ヒラセ率いる『匿名の騎士団アノンナイツ』は――コモスポート議会および海兵団、そして革命軍を糾弾するデモを行う!」


 一拍の静寂。


 そして、歓声が爆発する!


「うおおお!!!」


 同志たちの歓声や口笛、野次馬の罵声、全部まとめて俺の耳に届く。


 ――ああ、最高だ! 皆、俺の話を聞いている!


「なんだ、そのバカげたデモは……」


 床に手をついたままグレースが顔を上げる。


「議会や海兵団だけでなく、革命軍まで糾弾するなんて。この国のすべてを敵に回すつもりか。どう考えても、より混乱に導くだけだ!」


 確かに、グレースの言っていることは芯が通っている。

 しかしだ。

 

「……だが、全員ファスタを利用しただろ?」

「――そんなことを。国益を考えてみろ、どう考えてもこのデモは間違っている!」

「たとえそれが事実だとしても――」


 俺はグレースを見下ろした。


「人の信じるところは事実だけじゃない。俺たちの心と声が人を動かすんだポスト・トゥルースよ」


 俺の挙げた声は伝番していく――革命の声を、追い越すほどに。

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