放課後の1コマ

方繰 七重

一年生編

1コマ目 秋の空と屋上にて

 放課後。私は学校の屋上にやってきた。

 夏も終わり、秋に入り始めの空は高く感じる。

 雲も夏のそれとは変わり、秋らしい雲になりつつあった。

 私は鉄柵の前まで向かい、それによりかかる。

 

 玄関前の自販機で買ってきた缶コーヒーのプルタブを引き開け、口に含む。

 それとペットボトルのお茶もいっしょに買ってきたので、それを私の右側に置く。

 纏わりつく夏の湿っぽい風ではなく、すり抜けるような心地よい風が髪を撫でる。

 ブラックは飲めないから砂糖とミルク入りだけど、それでも大人っぽさは感じられる。

 

 その時ガチャリ、とドアが開く音がした。

 私は目線だけをドアに向ける。そこには艶やかな黒の長髪を自然に流している女子生徒がいて、こちらに向かって歩いて来る。

「今日も姫名ひなが先に来ていたんだ。たまには私が先に来ていたいな」

「私は夕波ゆなさんとは違って暇なので」

「私だって、好きで多忙なワケではありません」

「そうでしたね」

 夕波さんはそんな不満を言いつつ、私の右側に座る。

「このお茶、貰ってもいい?」

「どうぞ。夕波さんの分なので」

「ありがと」

 そう言い、お茶を手に取りキャップを開けて一口飲む。彼女は飲み方まで上品だった。

「ふぅ。所で姫名は部活に入らないの?」

「入る気が無いから、入りません」

「その気があれば入る?」

「気が向けば」

「姫名は捻くれ者さんだね」

「この性格は元からです。夕波さんこそ、何故生徒会長を断ったんですか?」

 夕波さんはその質問に苦笑いを浮かべた。

「もう知っていたんだ。と言うより知ってて当然か。んー、ほら生徒会長って忙しいでしょ? 私には務まらないかなぁって思って。それで辞退させてもらったの」

「でも・・・・・・」

 ——でも夕波さんなら大丈夫です。

 そう言いそうになるのを堪える。

“大丈夫”という言葉の裏には“責任”という言葉があると思っているから、私は言い出せなかった。

「・・・・・・夕波さんがそう思っているなら仕方ないですね」

「それに、生徒会長になったらこうしてあなたと話しが出来なくなるのが、嫌だからってのも理由のひとつなの」

「は?」

「あら、そんな驚いた顔をみせてくれるのね」

「いやいや、そんな突然な理由を聞かされたら誰だって驚きますよ!?」

「顔が赤いわよ?」

「ちがっ、これは!」

 落ち着け私。何をパニックになっているんだ。話が出来なくなるだけだ。何があるんだ後。

「あははっ! はぁ、苦しい」

「笑い過ぎです」

「ふふっ、ふぅ。ごめん、ごめん」

「まったく」

 よく笑う人だ。しかも本人には悪気が無いから、責めづらい。

「ねぇ、姫名。初めてあなたと話した日は覚えている?」

 

 夕波さんはお茶を飲んで落ち着いたのかそう聞いてきたので、私はしばし記憶を辿った後に答える。

「そうですね。今日ぐらいの時間にこの鉄柵に寄りかかって、遠くをぼんやり眺めている生徒がいたので、話かけてみようかな。と思ったのが最初でした」

「そっか。私、周りから期待されるのは嬉しい。でも私の想像以上に期待されて、それは私には重かったみたい。それに疲れたから息抜きの為にこの場所、屋上に来るようになったの。そんなある日、あなたが話かけてきた。あなたは私のことを全く知らなくて『悩みがあれば聞きますよ?』なんて気さくに聞いてきて、私はその時は警戒して話さなかった」

「確かに最初の夕波さんは野良猫みたいでした」

 

 夕波さんは野良猫と言われて、少し心外そうな表情を浮かべる。

「それで、お互い話さないまましばらく経った後、あなたは屋上からいなくなった。と思えば片手にその缶コーヒーを持って戻ってきた。しかもそのまま横で飲み始めたから、さすがに理由を聞いたの。そうしたらあなたは『何か聞いて欲しそうだったので、これを買って来ました。私は黙っていますから、お好きにどうぞ』って返したの。覚えている?」

「薄らぼんやりとは」

「でしょうね。あの時の答え方は当たり前って感じだったもの。とにかく、そのまま缶コーヒーを飲みながら何も聞いてこず、話も振ってこない。なら、いないのも同じだから気にしないで独り言を話し始めた。そうすると、それが何だか心地良く感じ始めて楽になれたの。初めてだった。姫名は私が出会ってきた人達とは全く違う人で、姫名といる時間だけは楽しくて、この時間が過ごせくなるのは嫌だった。だから生徒会長の立候補も断ったの。こんな私的な理由、私に期待している人達からしたら、がっかりするでしょうね」

 

 夕波さんはペットボトルを鉄柵に当てながら遠く、傾き始めた夕陽を眺めていた。

「それはしますね。少なくとも、普段の夕波さんは生真面目で優秀で誰からも好かれる存在らしいですから、私がそういう人だったらがっかりします。でも、私が知っている夕波さんはそんな完璧超人ではなく、どこにでもいる普通の女の子の面しか知りません。愚痴だったり、不平不満があれば、いつでも私は聞きますよ。私にとっては大切な人ですから。あ、もちろん親友としてですよ?」


(最後は余計かな?) と思いつつ、私にとって初めて“親友”と本心から言える相手が夕波さんなのは間違いではない。

「そっか・・・・・・ありがと。そろそろ帰ろっか。陽、暮れてきたことだし」

「そうですね」

 私が立ち上り、歩き始めた時に夕波さんは扉の前まで小走りで向かい、再度こちらに振り返った。

「姫名!」

「? なんですか?」

「明日こそ、私が一番だからね!」

(本当によく気分が変わる人だな)と思うもそれが夕波さんらしくて、ふっ、と笑みがこぼれつつ、「頑張ってください」と返した。


 その微笑みを浮かべる彼女を見ると、どこかに正体の分からないモヤが広がる感覚を覚えた。















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