006-邂逅

「はぁ......」


僕は市役所から出た。

アディブ人の対応には慣れていないのか、ちょっとだけ苦戦したものの僕の死亡届はきっちりと受理された。

戸籍が死人に書き換えられて、遺族にも説明が行くだろう。


「これで、僕は........何者でもなくなった」


人間の名前は、栗原柊太。

でも、何故か日本語は理解できるのに文字は書けないし、どっちにしろ正しい発音は出来ない。

帰ったら、レイシェさんに適当な呼称を見繕ってもらおう。


「.......あ」


その時。

僕はつい、足を止めた。

見知った顔が、目の前にいたからだ。


「...........」

「――――?」


相原佳澄。

僕の片思い相手だった、幼馴染が目の前にいた。

僕が彼女を見たことで、彼女も足を止めた。


「――――、――――――?」

「........カスミ」


耳を澄まそうとするが、日本語であるはずの佳澄の声が、聞きなれているはずのその声がぼやけて消えてしまう。


「.....ごめん」


僕は逃げるようにその場を後にした。

後ろから雑音が聞こえたけれど、すぐに消えてしまった。


「...............」


しばらく走って、走って....走って....

僕は息が切れないし、疲れないことに気付いた。


「なんで.......っ!」


僕は蹲る。

吐き気がした。

本当に、変わってしまったのだと改めて認識した。


「――――――――」

「....カスミ?」


その時。

背後から声が響いた。


振り返ると、カスミが立っていた。

あんなに走ったはずなのに、息を切らしてまで追いかけてきたんだ。


「――――? ――――!」

「.......」


何故か、「どうして逃げたの?」とそんな言葉が聞こえてくるような気がした。

でも、答えられない。


「..........カスミ、本当にごめん」


僕は、カスミを真正面から見るために膝を折る。

この体は、あまりに巨体過ぎるから。


「ごめん」

「――――......」


僕は立ち上がり、駅に向かって歩き出した。

もう、立ち止まるつもりはない。

僕は、自分が泣いていることにも気が付かずに、帰路に就くのだった。

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