最終章:紅いドレスを脱ぐ日

あの日、私を縛っていたのは、指輪じゃなかった。


それは、“愛されたい”という渇きだった。

“認められたい”“選ばれたい”“許されたい”という、少女のような渇き。


でも今の私は――違う。



東京地方裁判所


「名誉毀損の訴えは――棄却とする」


裁判官の言葉が、静かな法廷に響いた。


東條剛志が起こした民事訴訟は、証拠不十分として退けられた。

むしろ反対に、沙耶の提出した裏付け資料と証言により、剛志への“偽証”と“脅迫未遂”の追及が始まった。


剛志は、最後の最後まで自分の誤りを認めなかった。


「女なんて、裏切るためにいる。感情だけで動く生き物が、社会を壊す」


そう吐き捨てるように言った彼の姿を、沙耶は静かに見ていた。


そして、かつて一度も言えなかった言葉を、彼に向かって口にした。


「――あなたに、心から感謝しています。

あなたが壊してくれたおかげで、私は自分を作り直せたから」


剛志は苦々しい顔で目を逸らした。


それが、彼の“敗北”だった。



数日後・クローゼットの前


久しぶりに、あの紅いドレスを取り出した。

それはもう“復讐の衣装”ではない。


過去と向き合った私の“鎧”でも、“戦闘服”でもない。


ただの――記憶の証。


私はそのドレスにそっと触れたあと、ゆっくりと箱の中にしまい込んだ。


「さよなら。私の一番長い夜」



再会の場所


その夜、沙耶は圭吾に会った。

あの日と同じカフェ。だけど、今日は外で並んで座った。


「……おめでとう、じゃないかもしれないけど。

すべて終わったね、沙耶さん」


「ありがとう。……少し、寂しい気もするけど」


「これから、何するの?」


「何しようかな。誰の影にも入らずに、自分の足で歩いてみたい。

新しい会社を立ち上げようと思ってる。広告じゃなくて、“人を守る仕組み”をつくる仕事」


圭吾がふっと笑った。


「沙耶さんらしいね」


「圭吾さんは?」


「俺は……もしよかったら、隣で一緒に歩いてみたいと思ってる。

恋人じゃなくてもいい。あなたの“味方”でいたい」


沙耶は答えなかった。

でもその沈黙は、拒絶じゃない。

ただ静かに、その言葉を受け止めていた。


そして少しだけ照れながら、小さな声でこう言った。


「……初めてかも。誰かに“守ってあげたい”って思ってもらえたの」


その言葉に、圭吾はゆっくりと彼女の手を取った。


大丈夫。急がなくていい。

恋はいつだって、愛のあとに来る。



エピローグ


数ヶ月後。


沙耶は、自分の小さなオフィスで書類を束ねていた。

起業した“Co. Voice”――声なき人の代弁を理念に掲げた、女性のための相談・支援会社。


電話が鳴る。


「はい、Co. Voiceです。綾瀬が承ります――」


その声は、もう“誰かの妻”でも“誰かの影”でもなかった。


強くて、優しくて、自分を愛している女の声だった。



タイトル回収:


「紅いドレスをもう一度」


あの日、戦うために纏ったそのドレス。

今、脱いでも私はもう、弱くなんかない。



THE END

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紅いドレスをもう一度 稲佐オサム @INASAOSAMU

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