第3章:その日、私の名前が世界に晒された
東京・表参道。
ガラス張りのPR事務所の一室で、沙耶は静かに録音機を置いた。
「この内容を、全て報道してくれるのなら……私の名前を出しても構いません」
目の前の女性記者は、息をのんだ。
「綾瀬さん……ここまでの覚悟、できているんですか?」
「ええ。覚悟なら、離婚届に判を押したあの夜に、もう済ませてあります」
机の上には、証拠のUSB。
剛志の不正経理資料、愛人への送金記録、偽装会社の登記書類、政治家との裏取引の音声データ――。
それは、ひとりの女が3年かけて積み上げた“証拠の塔”だった。
「私、東條剛志の“元妻”です。
けれど、今日は――彼の“告発者”としてここに来ました」
そして、記者は静かに頷いた。
「分かりました。……すべて、社会に出しましょう」
⸻
同時刻・東條ホールディングス 会長室
「……何だと?」
剛志の顔色が変わった。
部下が持ち込んだ週刊誌の早刷りには、明日の見出しがこう踊っていた。
《大物広告王の裏の顔》――愛人ビジネス、裏金、脱税を元妻が告発!
記事の冒頭には、沙耶の名前と顔写真。
その凛とした横顔に、かつての“従順な妻”の面影はなかった。
「チッ……女一人のくせに、ここまでやるとは」
剛志は苛立ちを隠せない。
ただ、彼には“最後の一手”が残っていた。
「……あの女、潰す。名誉毀損、情報漏洩、脅迫――ありとあらゆる手を使ってでもな」
⸻
真帆、覚醒
その日、真帆もまた記事を読んでいた。
ページをめくる指が震えていた。
――剛志が、ここまでの男だったなんて。
沙耶に言われた言葉が、心に蘇る。
「あなたは“選ばれる女”じゃない。“選ぶ女”になって」
その夜、真帆は自宅のクローゼットを開いた。
剛志から貰った高級バッグ、宝石、衣装たち。
それらを一つひとつ、箱に詰めていく。
そして、最後に――携帯電話を手に取った。
「……東條さん。私、あなたの愛人やめます。
あの人と同じにはなれなかった。でも……あの人のようにはなりたいと思ったの」
その声は震えていたが、確かだった。
⸻
翌日・記者会見
東京都内の記者会見場。
カメラのフラッシュが、一斉に沙耶を照らした。
マイクの前に立つ沙耶は、少しだけ唇をかんだあと、言葉を吐き出した。
「私は、3年前に東條剛志と結婚し、裏切られ、離婚しました。
けれど、それでも……誰もが、愛の名のもとに騙される世界を許せなかった」
「これは私の復讐ではありません。
社会に対する“警告”です。
私のような女を、これ以上増やさないために」
その言葉に、会場は静まり返った。
そして、最初の記者が手を挙げた。
「……今後、あなたはどう生きていくつもりですか?」
沙耶は、答えた。
「私は、これから“自分の人生”を歩きます。
誰かの妻でも、誰かの所有物でもない、“私”として」
⸻
東條剛志、崩壊の序章
翌朝のテレビニュースは、沙耶の会見一色だった。
剛志の会社の株価は暴落し、提携企業も次々に契約を破棄。
メディアは一斉に剛志のスキャンダルを報道した。
そして――剛志の元には、ひとつの手紙が届く。
「さようなら、あなたを愛した“バカな女”より」
剛志は、黙ってその便箋を破り捨てた。
だが、破ったのは紙だけだった。
“綾瀬沙耶”という女が残した爪痕は、もう消せない。
⸻
沙耶の独白
「女が怒ったとき、ただ泣くだけだと思ったら、見誤るわ。
私たちには――声がある。力がある。選択がある」
そして私は、今日も静かに紅いドレスをクローゼットに戻す。
もう舞台に立つ必要はない。
私という人生の主人公を演じることに、ようやく慣れてきたから――。
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