第2章:女たちは知っている
「ねえ沙耶さん、この前話してた“別荘”って、どこにあるの?」
銀座のカフェで、真帆がつまらなさそうにスプーンを弄ぶ。
何気ない質問のようでいて、どこか探るような目。
剛志が与えてきた「女への贈り物」が、本当に“唯一のもの”だったのか――。
それを、彼女なりに確かめたかったのだろう。
沙耶は静かにカップを置いた。
「葉山よ。ね、奇遇ね。私も昔、あの別荘に連れて行かれたことがあるの」
真帆の手が止まった。その顔に浮かんだのは、嫉妬と動揺。
「まさか…同じ場所ってこと?」
「たぶんね。でも、あの部屋って鏡張りだったでしょ?それで、ベッドの下に赤いワインの染み……まだ残ってた?」
「……あった。何あれ、気になってたの」
沙耶はにっこりと笑った。
「私のときの痕よ」
それは事実だ。3年前、剛志がプロポーズの翌日、酔った勢いでグラスを割った。赤ワインが絨毯に染み込んだのを、沙耶は今でも忘れない。
あのとき彼は、「新しい始まりの血の代償だな」と笑っていた。
それが、剛志という男の“本質”だった。
⸻
数日後・秘密の鍵
夜。沙耶は仕事帰りに、六本木の会員制バーへ向かっていた。
そこで待っていたのは、かつて剛志の秘書をしていた女性――長谷川優里。
彼女は剛志に解雇され、今は都内のカフェを経営している。
沙耶が唯一“信じられる元・味方”だった。
「東條の裏金口座、まだ動いてるわ。香港のシェルカンパニー経由。証拠、抑えてある」
「ありがとう。優里……これで、ひとつピースが埋まった」
沙耶はスマホに送られたデータを見つめる。
金の流れ、愛人への送金記録、政治家との不透明な取引――
剛志の“完全崩壊”まで、あと一歩。
「ただ気をつけて。あの男、女の裏切りには容赦しない。私も部屋に盗聴器を仕掛けられてた」
「……私、もう何も失うものなんてないから」
沙耶の声は静かだった。
けれど、その瞳の奥に宿る光だけは、あの頃の女ではなかった。
⸻
真帆の変化
そのころ、愛人・真帆の心にも、小さなひびが入り始めていた。
「ねえ……沙耶さん。もし、私が東條さんの“駒”だったら……笑えるよね?」
「……笑えないわよ。そんなに自分を安く見ないで」
「……そういうふうに育ったからさ。男に愛されなきゃ価値がないって……」
その言葉に、沙耶の胸が少しだけ痛んだ。
剛志は、女の“弱さ”と“自己肯定感の低さ”を利用する天才だった。
彼女がかつて、そうだったように――。
「でもね、真帆。目を覚まして。あなたは“選ばれる女”じゃない。“選ぶ女”になって」
その言葉に、真帆の目が揺れた。
そして彼女は、スマホを取り出すとこう言った。
「私、東條さんの“本命”と名乗る女と会ったことがあるの。……あれ、あの人の妻って、あなただったんだよね?」
その瞬間、空気が変わった。
沙耶は、深く息を吐いた。
「ええ。私が、あの“元妻”よ」
真帆の顔から血の気が引いた。
「やっぱり……全部知ってたんだ……!」
沙耶は真帆に、最後の一言だけを残した。
「真帆、もうこのゲームから降りなさい。さもなきゃ、あなたまで焼ける」
⸻
東條剛志・動く
同じ頃。
東條剛志はついに沙耶の“動き”に危機感を持ち始めていた。
「綾瀬沙耶。まさかここまで執念深いとはな……」
彼は顧問弁護士に連絡を入れた。
「……もう、彼女を潰すしかない」
男の声は、冷たい鋼のようだった。
⸻
沙耶の独白
「私が失ったものを、数えた夜はもう終わり。
今度は――奪い返す番」
深紅のドレスが、クローゼットの中で静かに揺れる。
あの舞台に立つ日まで、あと少し。
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