ポチャン
ポチャン
Cさんのランニングコースの途中に大きなミカンの木がある。二階建ての一軒家よりも高く、立派なミカンの木だ。季節になると、たわわに実をつけるのに、その木になった実を誰も採らずにいる。小鳥でさえ、啄んでいるのを見たことがない。
ただ、その季節に遠目に見ると木がオレンジ色になるほどの実をつけて、熟した実は誰の口に入ることもなく、川に落ちていく。
そして、その実はある日を境に一気に木から姿を消すのだ。
それは、必ず風の強い日だという。Cさんは風が強い日は、いいタイムが出ないので相当な理由がない限り、ランニングには出ないので、その強風の日に何があって木になった実が全て落ちているのか知らなかった。
その年も、ミカンの木はたくさんの実をつけた。
相変わらず、人も動物もその実に手を出さないでいた。
ある日Cさんがランニングに出ると、運の悪いことに少し走ってから風が強くなりだした。びゅうびゅうと吹く風が横殴りに、Cさんの体を押す。すこし粘ってみたものの、思うように体が動かない。今日はあきらめようと思ったころ、ちょうどそのたわわに実ったミカンの木の前にたどり着いた。
強い風に、木が左右にゆすられている。そのたびに、ぼとぼとと熟したミカンが落ちてきていた。
地面にたたきつけられたミカンは、ぐしゃりとつぶれてオレンジ色の汁をまき散らした。
木は風になぶられてぎしぎしと音を立てている。
またミカンが吹き飛んで、今度は川に転がり落ちた。
ポチャンと水がしぶきを上げる。
その時、Cさんの頭上から「ぎししししし」と笑い声のようなものが聞こえた。
木の軋む音かとも思ったが、Cさんは顔を上げてしまう。
そして、ひどく後悔した。
ミカンの木の上の方に、人のような形の毛むくじゃらの生き物がしがみついて、ミカンの実をもいでいた。
サルのようであるが、手足と胴体の長さの比率はどう見ても人間のそれだった。
その生き物はもいだミカンを川に投げ捨てるとまた「ぎししししし」と歯をすり合わせるような鳴き声を上げた。
おそらくは、笑い声であっただろうと、Cさんは言う。
Cさんは踵を返して、その場を後にした。
強い風の日であったのに、よいタイムが出たという。
翌日そのミカンの木の下へ行ってみると、地面に落ちたミカンもすべてきれいに片付けられていた。
ミカンの木をよく観察してみると、小さな石造りの祠が木の幹の間に埋もれるようにしてあったという。
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