進化の樹 ―異世界回帰は進化の術を齎した―
朔月咲夜
第0章 はじまりのはじまり
第1枝 話が違う!
【まえがき】
どうも朔月咲夜です。
本日から新作『進化の樹 ―異世界回帰は進化の術を齎した―』の連載を始めます!
本作品はジャンルが(現代ファンタジー)となっておりますが、正確には異世界と現代が混じった物語となっております。
あわよくば2つのジャンルを掲げたい所ですが、どちらか片方しか選べないということで(現代ファンタジー)としました。主人公のメイン活動拠点が現代ですので。
以上留意点でした。
どうぞ新作『進化の樹 ―異世界回帰は進化の術を齎した―』をお楽しみ下さい!
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過去回帰――経験や記憶をそのままに、過去のある地点まで遡る事。肉体は過去のものへと変わるものの、記憶や精神はそのままなので、ある程度のアドンバンテージを持つことが出来る。
こう聞けば回帰はとても素晴らしいことのように思える。けどなぁ……これはないだろ……?
眼の前に広がるのは広大な森林。太陽の光も届かないほどに深く鬱蒼としており、風に揺られてザワザワと不気味な音を織りなす木々たちは俺の不安を煽る。
何処かともなく響くギィギィという鳴き声は、今までの人生で一度も聞いたことがない。
どこまでも果てしなく俺の恐怖心を煽り続ける状況だ。
だが人間そこまでくると不安は徐々に怒りへと変わっていくようで、次第にこんな状況を齎した存在への怒りを吐きたくて堪らなくなってくる。いや、もう吐いてしまおう。
「クソ女神てめぇこれは違うだろぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
俺の全力の怒号は森に吸い込まれて儚くも消え去るのだった。
◆◆ ◆◆
自分で言うのも何だが、俺は可哀想な人生を歩んでいると思う。
俺の記憶があるのは高校1年生の冬から。それも病院の真っ白な天井が一番古い記憶だ。
一番古い記憶の俺は、全身が痛くてたまらなくて、過去の記憶も全く無くて……。どうしようもない不安と理由もない怒りで、意味もなく看護師さん達にクソみたいな暴言をぶちまけていたと思う。今更ながらアレは子供すぎたなと反省している。
何故俺の記憶が高校1年生の冬からなのか。これは至極単純な話で、俺は交通事故でそれ以前の記憶を失っているのだ。
病院で起きた時に説明された話では、当時俺達家族は温泉地に旅行に行く途中だったらしい。
その温泉地は結構な山奥にあって、うねる山道を車で走っていたのだと言う。そこで、対向車線からはみ出してきたトラックと衝突してしまった。しかも運が悪いことに、衝突したのは大きなカーブの最中。
その結果、俺達家族は車ごと崖下に転落した。その高さ約20m。
運転席に座っていた父と助手席に座っていた姉は即死。後ろに座っていた俺と母は、即死ではなかったものの2人とも重症だった。
ただ、俺は母に比べて比較的軽症だったらしい。事故現場を見つけた人の証言では、車の中で母が俺を抱きしめていたのだとか。ただ、母は俺を守ったせいで自分を守る事が出来ず、予断を許さない状況が続いた後……救急搬送中に亡くなった。
記憶には家族の姿は無いのにも関わらず、スマホに残っていた家族の写真を見た瞬間に涙が溢れ出して止まらなかったのを覚えている。
そして無事に退院した後も、俺を引き取ってくれる親戚は居らず、高校1年生にして児童養護施設に入った。なんとも突然の話だ。何もかもが。
高校では突然記憶を無くした俺が珍しかったのか、最初こそ色々な人が助けてくれたものの、注目は次第に悪い方向へと向かっていった。所謂いじめの始まりだ。記憶喪失や家族が居ないことを馬鹿にするだけでは飽き足らず、恐喝から暴行まで何でもありだったさ。
ちなみに、いじめの主犯格の想い人が俺の事を気にかけるのが気に食わなかったからいじめをしていたそうだ。それだけの理由でアレだけのいじめをしたアイツラは絶対に許せない。
此処から先の人生も何もかもが上手くいかなかった。
記憶喪失は今までの勉強の全てを忘れさせた。高校1年生にして今までの勉強の全てが消えてしまえば、とても他の皆と同じペースで勉強を進めるのは難しかった。それに身寄りのない俺は働く必要もあったし、そこにいじめも加われば……どうしろという話だ。
その結果、努力はしたけれど成績は下位を取り続け、大学に行く学力も経済力も無く。両親や他の身寄りが居ない記憶喪失者というレッテルは、俺がまともな職業に就くのを邪魔した。
何もかもが上手くいかない。
何をしても求める結果は出ない。
求めるだけで何も出来ない。
そんな自分が嫌で嫌で仕方なかった。
過去も未来も無い自分が嫌だった。
穏やかに咲き誇る桜すらも、俺のことを嘲笑ってるように感じてしまって……そんな風に感じる自分が心底嫌いだった。
だから35歳にしてホームから線路に身を投げだした――
「可愛そうな魂ですね。私が救済してあげましょう」
――はずだった。
線路に投げ出したはずの俺の身体はいつの間にかホームに戻されており、床に座り込む俺の手を美しくも儚い少女が薄氷の笑みを浮かべながら握っていたのだった。
「な、何だお前……!」
「私は救済の神。女神ノラです」
「め、女神……? なんだ! 胡散臭い宗教の勧誘か何かか!? 子どもを使うなんて……だが悪いな、生憎俺はそういうのを信じていないんだ。簡単に騙せそうだと思ったんだろうけど、他を当たってくれ」
「騙すとは心外ですね」
不満げにそう呟いた自称女神は、優雅に指をパチンと鳴らした。
雑音が響き渡る駅のホーム。人が行き交い電車が轟音を響かせるその環境で、女神ノラが出したその音だけが妙に大きく聞こえた。ホーム中……いや、世界中に響いたかのように俺には聞こえた。
「これで信じましたか?」
「いや、そんな……これは……」
周囲を見渡せば、人も時計も電車も、その全てが停止していた。ホームに吹き付けていた風はピタリと止み、ガヤガヤと聞こえていた話し声も一切聞こえない。隣で俺を見ていた男性は目を開いたまま止まっている。そこには完全なる静寂が出来上がっていたのだ。
「本当に……本当に女神なのか……?」
「はい。最初からそう言っているではないですか」
こんな現象を起こされてしまえば、信じるしか無い。けれど、信じたくもない。今まで一切俺のことを救ってくれなかった神なんて信じるだけ無駄だと分かっているから。
どうせまた騙されるんだ。救いなんてこの世にはない。
「私達神も人間界への介入は簡単ではないのです。文明初期ならいざ知らず、この地球は文明が発達してしまいましたから。この段階まで来た世界に神が無闇矢鱈に手を差し伸べれば、神卓による天誅が行われてしまいますので」
「だから何もせず見て見ぬふりをして、俺のことを救わなかったと?」
恐らくこの女神は俺の心を読んでいるのあろう。だからこそ、こんな話を俺にしたのだろうが、そんな神の事情なんて俺は知らない。俺を救ってくれなかった結果こそが全てだ。
「何もしなかったとは心外ですね。何もしないであげたと言うのが正しいですし、これでも願いを聞いてアナタを助けてあげたのですが……」
「誰の願いをだよ! 俺は助けて貰ってなんか――ッ!」
「――アナタの母親の願いです」
女神は興奮する俺を手で制しながら続ける。
「子供だけは助けて下さいというアナタの母の願いを私は叶えました。即死した姉の方の蘇生は過剰な介入となるので出来ませんが、重症の弟の延命は過剰な介入にはならないと判断しましたので」
「な、でも……なんで……」
つまり俺はあの時コイツに助けられていたのか? コイツが母さんの願いを叶えてなかったら俺は死んでた……ってことか? でも、それが本当かどうかなんて……!
「本当ですよ」
女神の顔は、声は、纏う空気は……その全てが真実だと物語っている。記憶を失ってから今までの人生で身についた、悲しくも頼りになる他人の機微を悟る目がそう言っている。
「……申し訳なかった。助けて貰っておいて酷いことを言ってしまった」
「いえ、神の救済を人間の子が知ることは通常ありませんから。それを神の奇跡と感じるか否か、それに感謝をするか否か。その全てを選択する事こそが人間の子の権利であり運命ですので。私達神はそんな子ども達を見守ることが楽しみなのです」
「そうか……」
本当にみっともないな。2度だ。車が崖から落ちた時と線路に飛び込もうとした時。その2回で命を救われているというのに、俺はこの女神様に八つ当たりをするだけか。醜く吠え散らかすただの馬鹿。
惨めだな。
「私に申し訳ないという感情や、ありがたいという感謝の念があるのならば、1つ私のお願いを聞いてくれませんか?」
「お願い?」
「はい」
女神は淡々と返事をすると、右手の人差し指をクルンと回し、その軌道上に光の輪を出現させた。それは眩く輝き、自然と手に取りたくなってしまう神聖な気配を放っていた。だが手が伸びない。体が動かない。
「これは天使の輪と言います。私達の手足たる天使が頭につけているアレですね。これは別名『輪廻の輪』とも言うのですが、これはアナタの天使の輪です」
「俺の……?」
「そして、これをこうします」
女神は輪っかの両端を両手で掴むと、えいっと軽く捻った。捻られた天使の輪は1回だけ交差した形になり、さながら8の様な見た目だ。
「こうすることで、アナタの輪廻には異常が生じます。そこで私のお願いです。あなたの輪廻の輪をこのままにしても良いですか?」
「いや良いですかって言われても……それがどういう影響があるのかを知らないから俺には答えようも……」
それが俺にとって良いことなのか悪いことなのか。もしくは他人とか世界に影響があるのか……。その何もかもを知らないのに、俺に決定権を委ねられても困る。
「これによって生じる影響は簡単です。過去への回帰、たったそれだけです」
回帰……回帰!?
「はい。そうですね、ざっと20年ほど前に戻ります」
「20年前って言うと……15歳。つまりは事故の前、まだ母さん達が生きている頃じゃないか! 断る理由はない! すぐにやってくれ!」
「そうですか。まだ説明はあるのですが――」
「良いから早くしてくれ!」
「……分かりました」
捻れた輪廻の輪を女神が人差し指で弾くと、まっすぐ飛んできて俺の中に吸い込まれた。そして女神がもう一度指をパチンと鳴らす。
「それではさようなら。
俺の視界はぐにゃりと曲がりながらぼやけだし、周囲に響き渡っていた音も籠もりだす。そして俺の意識も段々と薄くなっていき、もうすぐ完全に意識が闇に落ちる。
『異世界への回帰ですが。頑張って戻ってきて下さいね』
意識の無と有の狭間で、そんな女神の声が聞こえた気がした。
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