第二章:無限ダンジョン編

32:つかの間の休息を満喫する社畜

 バトルトーナメントから三日後。

 ヤスタケは、目の下のクマが薄くなるくらい、ほのぼのとした時間を過ごしていた。

 山奥の田舎。されど、この地域にはキャンプ場があり、エアコンの効いたコテージもあった。

 そこですっかり、ヤスタケは羽根を伸ばしていたのだ。


 前に泊まった旅館でも良かったが、今度もまた、女中に色仕掛けの接待を受けるんじゃないかと考えると億劫だった。そこで、白神の里のスタッフに相談すると、このキャンプ場を提案してくれた次第である。


「マスター、ポテチ食べていい? ポテチ」


 ヤスタケがリビングのソファでゴロゴロしながら、スマホで【ダンジョンアタック】の動画を眺めていると、長い黒髪に黒の三角帽を被ったいかにもな魔女っ子がひょこりと顔を出す。その手にはスナック菓子の袋が握られていた。


 ああ、こういうところで常備してるお菓子とか飲み物って、割高なんだよなあ。

 ヤスタケはそんな庶民的な思考を一瞬巡らし、しかし今の自分にはそれを易々と購入してもなんら痛手にならないほどの賞金を手にしたのだと思い直した。


「いいぞアレンビー。ジュースもあるぞー」

「やったー」


 許可が下りた【漆黒の魔女・アレンビー】は袋のギザギザの面をびりびり破いて、ポテチを摘まむのだった。

 そこへ、「アンタも食べる」とのそのそやってきた【下弦の月姫・アンタ】は、今まで寝ていたためか、いつもはピンと真っすぐ立っているウサ耳は真ん中から折れて気怠げだ。


「おはよう、アンタ」

「おはようマスター。……今あんたって言った? アンタの名前呼んだ?」

「名前名前」

「ん。そう」


【下弦の月姫・アンタ】は眠たい目を擦りつつもしっかりとキャラクター性を誇示して、【漆黒の魔女・アレンビー】に手渡されたポテチをそのまま口で受け取った。


 彼女ら『召喚カード』は、カードの中にいる事が本来の姿であり、カードの外で活動するよりも、カード内で休息していた方が遥かに体力を回復するし、破損した武器防具の修復も行われる。

【下弦の月姫・アンタ】が気怠い様子なのは、バトルトーナメントの決勝戦で、儀式能力を行使した副作用なのだが、本来ならカードに戻れば一日で全回復してくれるのだ。


 ヤスタケもそれは重々承知で、最初は彼女をカードの中でゆっくり休ませようと思っていた。

 だが、ふと思いつく。


 どうせ、この後は『白神山ダンジョン』の【処女ダンジョンアタック】まで自由時間なのだ。配信の日程調整の兼ね合いもあるため、数日はどうしたって余白になる。

 だったら『召喚カード』を全部召喚サモンして、俺のカード操作のキャパシティーを少しでも上げる練習としよう。


 コテージの外では他の『召喚カード』達も和気あいあいと遊んでいる。禍々しい髑髏の頭を持つ【四人の不死公ロイヤルアンデッド・ジョーカー】や殆どウサギの【メイドバニー】から、レアリティもCからSRまで多種多様。

 ヤスタケは手持ちの全てを召喚サモンして、脳みそに負荷をかけまくっていたのだった。


 原則として、『召喚カード』をダンジョンの外で召喚サモンすることは違法である。しかしながら、レアリティがSR以上のカードを所持する者は、ある程度の法律違反は暗黙の了解として、看過される。


 それでも、『召喚カード』を野放しにしていると、市民が委縮してしまう。なのでマナーとして、隠匿状態であることが望ましいのだ。ヤスタケが『町田ダンジョンズ』のホテルで襲撃された際に【四人の不死公ロイヤルアンデッド・ジョーカー】をそうしていたように、SRカードを所持する冒険者には、そういった努力義務が設けられているのだ。


 この努力義務をどれだけ順守するかどうかで、人々はその冒険者の人間性を探り、また冒険者同士においても、目をつけられたり、警戒の対象だったり、様々な判断基準と成り得るのだ。


 そんな倫理観を無視した練習の成果もあって、戦闘以外の日常動作だけなら、どれほどの数を召喚サモンしていてもほとんど無意識でカードを操作できるようになった。

 複数召喚時の操作性が極端に悪くて、トーナメントではお蔵入りとなっていた【鷹狩りの乙女・エイダ】でさえも、今ではグリフォンで青空を駆る姿を拝むことができる。

 もっとも、ヤスタケにはまだ戦闘で活かし切る自信はない。


 チャイムが鳴る。

 玄関のドアを開く。

 すると、ドアの向こうでは、ハチマキをした学生服の少女が、笑顔でペコリと頭を下げてきたのだった。


「おはようございます、ヤスタケさん!」


 狼森ワカバ。現役女子高生冒険者にして、トーナメント決勝戦にて、準優勝となった人物。

 彼女もまた、ヤスタケと同様にここのコテージを借りて泊まり込んでいたのだった。

 しかも、ヤスタケはそこまで気が回らなかったのだが、一般の利用客が実体化した『召喚カード』を目の当たりにして萎縮してしまわないように、残りの部屋とキャンプスペースを全て貸し切り状態にして、ヤスタケが気兼ねなくカードと共に過ごせる配慮までしていた。


 なお、ヤスタケはそのことに気づいていない。「宿泊客は俺達だけか。ラッキー」だなんて呑気に思っていただけだ。

 これでも元社会人なのである。


「おはようございます、ワカバ師匠」


 そんな気の利く女子高生に、ヤスタケも負けじと、深々と頭を下げた。


 トーナメントの表彰が終わってから、ヤスタケは、ワカバに思いの丈を伝えた。


「ワカバちゃん、君との戦いに勝ったら、言おうと思っていた事があるんだ……! 一目見た時から、尊敬してました! 師匠になって下さい! あと一緒にここのダンジョン攻略して下さい!」


 ヤスタケはズルい大人だった。

 この言い方だと、『白神山ダンジョン』の【処女ダンジョンアタック】へ挑むパーティーの申請と、師匠になってほしいという懇願がセットであると誤解してしまう可能性がある。唐突にそんなことを言われたら、とりあえず「イエス」と言ってしまうかもしれない。そんな淡い期待と邪な思惑があった。


「ええ!? えっと……パーティーのお誘い、ありがとうございます! よろしくお願いします! ですが師匠にはなれません! ごめんなさい!」


 ワカバは利口な女子高生だった。

 二つの話を、一つ一つ切り分けて、きちんとそれぞれに返事をしてみせた。

 ヤスタケの完敗である。


 そんなことで、しかしヤスタケの気持ちは変わらず、それからはワカバを師匠呼びすることで彼女もそのうち認めてくれるだろうという浅ましい魂胆で、今に至る。

 ワカバはそんなことを気にも留めず、ヤスタケに要件を伝えた。


「今日ですよね。ダンジョンに潜るの。一緒に行きましょう!」

「ああ、もうそろそろ集合時間か。それじゃあ、行こうか。もう一人にも声をかけてるんだけど、来てくれてるかなあ」


 準備するからちょっと待って。そう言いながら、何年かぶりにクリーニングに出した、パリパリのスーツを身に纏う。……どこか居心地が悪い。ネクタイもパリパリだ。……なんだか締め辛い。


「あ、そうなんですね。誰です? トーナメント出場者ですか?」


 最後に、慣れ親しんだ革靴を履いて、「お待たせ」とワカバに手を上げた。

 外で遊ばせていた全ての『召喚カード』を元に戻して、ヤスタケは歩き出して、ワカバの問いに答えた。


「うんにゃ。町田ツトムくん。本人はめちゃくちゃ嫌がってたけど」




◆ ◆ ◆ ◆ ◆





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