10:10階層【ダンジョン雪原】
「さ……寒い……」
9階層から降りる階段を見つけ、ヤスタケたちは階下へと向かった。
岩肌の狭い通路を抜けた先には、一面の銀世界。そして猛吹雪……。
ダンジョンは階層を上がるにつれて、ダンジョン内の魔力濃度も高まっていく。その影響で、高階層のモンスターはより強く、そしてダンジョンの形も、より侵入者を拒む形へと変容していくのだ。
これまでの9階層までのダンジョンも、だんだんと迷路としての難易度が上がっていっていた。
結局、ヤスタケをこのまま5階層から攻略させるか、10階層から再スタートさせるか、という話は、ヤスタケの自己判断。という他人任せの責任逃れを行うという結論に至った。
「え、せっかくですし、このまま攻略しますよ。もったいない」
ヤスタケにとって、『召喚カード』の活躍を誰よりも間近で見ることが人生における目標だった。
せっかくの機会を、わざわざ自分から省略する考えは持ち合わせていないのだ。
案の定、危なげなく攻略は進み、現在に至る。
ヤスタケの歩みの遅さも独特な緊張感を生み出し、運営の思惑とは裏腹に、彼の【ダンジョンアタック】が途中で飽きられることはなかった。
むしろ注意深く探索しているように見えて、うっかり宝箱を見逃したりするものだから、会場からツッコミや笑いが巻き起こることもしばしば。
ヤスタケの挑戦は、特別なことを意識してやっているわけではないのだが、人々を引き込む妙な魅力があった。
『おーい!!! 寝るなー! ヤスタケ選手ー! 死んでしまうぞー!!!』
実況の声で、ヤスタケは白目を剝いていたところだったが、慌てて瞳をグルンと戻した。
事前に予習はしていたが……この途方もない景色に、一瞬、唖然としてしまった。緊張が一瞬緩んでしまったのだ。そのせいで、脳みそがシャットダウンしかけた。
『町田ダンジョンズ』の10階層。ここは『ダンジョン雪原』と呼ばれている。ただっ広い雪の積もった平原のような空間だ。
ここの天候は気まぐれに変化する。
晴れ空だったり、粉雪がパラパラと優しく降っていたり、今回のように、視界が機能しなくなるほどの猛吹雪だったり。
「マスター! はやくここ、抜けるよ! あんまりうかうかしてると、マスターが凍っちゃう!」
「お、おう、そうだな……で、でも、階段探すよりもまず先に、ここではやらなきゃいけないことがあるんだよ……」
ヤスタケはそう口にして辺りを見渡した。雪が目に入るので手の平でカバーしながら、なるべく広範囲を注視する。
この階層より、すぐに階段を見つけても封印が施されるようになっている。
封印を解くには、その階層に潜むボスモンスターを倒さなければならないのだが……。
吹雪で視界が悪く、また、探知系の能力を持ち合わせていない【漆黒の魔女・アレンビー】とでは、どうしてもしらみ潰しにボスモンスターを探索していくほかなかった。
ただでさえ、体力の限界ギリギリで動いているヤスタケは、完全に凍えて動けなくしまうまでの猶予があまりない。
『ヤスタケ選手ここで、ダンジョンの劣悪環境という、まさかのステージギミックに苦しめられているー!? 本来なら【ダンジョンアタック】の攻略難易度を上げるための味変アクセント程度のギミックだが、彼にとっては死活問題だったァー!!!』
司会は手に汗握り声を張った。
隣のツトムは頬杖をついて、ハンと鼻で笑っていた。
『ここをどう切り抜けるか。10階層は冒険者としてのセンスが問われる場所だね。まあそもそも探知系の『召喚カード』も持たずに【ダンジョンアタック】に挑戦するんて、僕には考えられない愚行だけど』
『親のすねかじりのボンボンには一生わからないでしょう! がんばれ! ヤスタケ選手ー!!!』
『お前クビにするぞ!? なあ!』
司会とツトムのコントのようなやり取りで会場は温まったところで、極寒のヤスタケは必死だ。
ボスも階段も見当たらない。
しかもそれだけに集中していると、通常モンスターに足元を掬われる可能性も出てくる。焦りが視野を狭ませる。さらに見つかり辛くなる。たちまちに悪循環の完成だ。
事前に予習はしていた。
ここの攻略法も、【漆黒の魔女・アレンビー】でどのように実践するかをシミュレートもした。
イメージトレーニングと本番とでは、全然緊張感が違うので、すっかりテンパってしまったのだ。
――そんな状況を一変させる、黒い魔法弾。
ヤスタケを横切り、水平に放たれたそれは、直後に吹雪すら消し飛ばす爆発をもたらした。けたたましい爆発音が轟ろき、耳鳴りさえするほどだった。
ヤスタケの指示ではない。【漆黒の魔女・アレンビー】の独断だった。心臓が飛び出すかと思ったヤスタケは、目を丸くして、彼女を振り返った。
【漆黒の魔女・アレンビー】は、舌をペロッと出して「ごめんね」と悪びれる様子もないのに言ってのけた。
「や、でも広いから。いいかなって。ダメだった?」
ダメじゃない。むしろこれしか方法はなかった。
ヤスタケも、シミュレーションでは同じことを思っていたはずなのだ。
ただ、ビビってしまったのだ。【漆黒の魔女・アレンビー】に、本来の特性のままの魔法弾を撃たせるリスクの大きさに、尻込みしたのだ。
10秒というチャージタイム。この無防備な時間を、ダンジョン内で過ごしたくなかった。モンスターは唐突に現れる。5階層で初めてモンスターと遭遇した時。ヤスタケは内心、背筋が凍りつく思いだった。
もう一つ。
それをやってしまえば、せっかく一緒に訓練してここまでの成果を上げることが出来るようになった【漆黒の魔女・アレンビー】が、またあの『残念SR』と呼ばれていた時と同じ性格に戻ってしまったらどうしよう。そう思ったのだ。
ヤスタケは恥じた。
自分は、これだけ尽くしてくれる彼女を、実際のところ、まだまだ信頼しきれていなかったのだ。
ヤスタケは、反省と贖罪の意味を込めて、自身の顔面をぶん殴った。
痛い。思った以上に痛い!
冷気で敏感になった肌感覚と、疲労と睡魔によって力加減のリミッターが狂っていたためだ。めちゃくちゃ鼻血が出ている。
柄にもないことをした。ヤスタケはすぐに後悔した。
「ええっ!? マスターどしたの!? 大丈夫!?」
当然、【漆黒の魔女・アレンビー】は心配して、うずくまるヤスタケに駆け寄った。
ヤスタケはそれに応えることはなく、かわりに、彼女の名前を呼ぶ。
「アレンビー」
瞬間、彼女は振り向きざま、指先を漆黒に染めた。
「
数珠のように連なる魔法弾が高速で射出され、既に背後まで迫っていた【雪原ヒポタマス】の額を穿つと、【漆黒の魔女・アレンビー】の操作によってたちまちにモンスターの全身へと巻き付いた。
「
モンスターは爆発四散。
ヤスタケと【漆黒の魔女・アレンビー】は、完全に心を通わせたコミュニケーションを実現していた。
実況も興奮冷めやらない。
『ヤスタケ選手ー! これは凄すぎる! 狙っていたのかー!? 【漆黒の魔女・アレンビー】の放った驚異的な威力の魔法弾が、見事にボスを消し炭にしたーっ!!!』
【雪原ヒポタマス】の話じゃない。【漆黒の魔女・アレンビー】が独断で撃ったあの魔法弾が、たまたまボスモンスターを巻き込んでくれたのだ。
『いや、普通に運が良かっただけでしょ。【漆黒の魔女】の馬鹿げた火力と攻撃範囲が、たまたま役に立っただけじゃん』
ヤスタケは、心強い仲間と、更には運まで味方につけた。
負ける気がしない。この【ダンジョンアタック】、必ず踏破してクリアしてみせる。
決意を胸に、ヤスタケは立ち上がった。
さて。じゃあ今度は階段探しだ。
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