都市伝説かと思ってた

はる夏

第1話

 一目惚れなんて、都市伝説かと思ってた。

 そりゃあ顔が可愛いとか喋り方が面白いとか肌がキレイだとか、好みの傾向ってのはあるんだろうけど。それでも、一目見ただけの人物が、ずーっと印象に残るなんて有り得ねぇと思ってた。

 それが覆されたかも知れないオレ、独身28歳、職業・動画配信者。主に、オールドメディアで紹介された「美味い物」を、現地に行って実食し、忖度なしに実況して配信してる。

 ワイドショーとかでレポーターがちょっと食って「美味しい~」とか紹介するやつ、ホントかよ、って疑い始めたのがきっかけだ。

 そうして食い物系のニュース動画を見始めてから、数ヶ月。ついに運命の出会いをしてしまった。


『群馬から来ました』

『これだけのためにですか?』

『はい』

 マイクを向けられ、照れ臭そうに笑う顔。目も口もデカいのに鼻が低くて、そのせいで童顔。色が白い。自然な感じでカメラに視線を向ける様子が、自然だけど不自然。


 ああこれ、役者かな、とすぐに分かった。やらせ要員っつーか、エキストラっつーか。格好いい呼び名だと、クライシスアクターなんてのもあるんだっけ? まあつまり、セミプロだ。

 クライシスアクターなんて、オレも以前は都市伝説かと思ってたけど、こうしてメディア系動画を幾つも見てると、さすがに見分けがついて来る。

 素人に混じってインタビューを受ける役者は、ホントにいる。

 そして、一目惚れもホントにある。

 いやコイツ、可愛くねぇ?


 映像はスッと切り替わり、なぜか人のいねぇ店内に。

『お待たせいたしました~』

 若干棒読みの店員の声と共に、テーブルに置かれたのはすげぇ豪華なかき氷。

『見てください、すごく豪華です!』

『はい、ご好評をいただいております』

 レポーターと店員との白々しいやり取りの中、さっきの奴が大口開けて、小洒落たかき氷を頬張ってる。

 スプーン大盛りのかき氷をぱっくんと、きれいに食べれるのは、やっぱ口が大きいからか。豪快に行ってるようなのに、何となく上品で、美味そうに食うなぁと感心した。


 プロだ。

 すげぇ可愛い。食い方上手い。ちょっと照れて見せるのも、計算か? 

 名前は何だろう? こういうエキストラって、役者なのに名前が出ねぇのがマジ不便で残念だと思う。

 気になってネットで検索したけど、映画のエキストラでさえ、名前がクレジットされるのは稀だって。まあ、そりゃそうか。

 仕方なくソイツの照れ顔をスクショに収め、ケータイの待ち受けに設定するだけで我慢する。


 といっても、諦める訳じゃなくて。

 一目惚れしたアイツの面影を追い求め、それまで以上に熱心に、ニュース動画を追いかけることになった。



 次にソイツを見つけたのは、3ヶ月前のニュース動画だった。

 同じエキストラを使い続けることはねぇようで、直近のニュースにもバラエティにも出てなかったからだ。

 まあな、結局やらせ要員だし、「またアイツ出てるよ」とかなるもんな。特にアイツは可愛いし、素人っぽさがねぇからよく目立つ。


 見つけた動画では、桜鯛が豊漁だっつって鯛の刺身を頬張ってた。

 魚市場の、魚屋っぽいエプロン着けたおっちゃんとレポーターとが白々しい解説をした後、ソイツにマイクが向けられる。

『鯛は大好物なので、毎年この時期が楽しみです』

『やっぱりお刺身ですか?』

『そうですね、身が詰まっててゴリゴリで』

 相変わらずのこなれた態度。照れ臭そうな可愛い笑み。レポーターと会話しつつ、カメラに自然な笑みを向けてて、その自然さがやっぱり不自然。


 毎年鯛を食いに来るって? かき氷の時は群馬から~とか言ってたくせに、今回は海じゃねぇか。ウソツキ。

 けど、可愛いから許す。


 大口開けて刺身を頬張ってんのに、どことなく上品に見えるってのは、もう才能だ。

 デカい口に笑みを浮かべ、デカい目をうっとりと細め、『ん~』って美味そうに唸ってんのが、マジで美味そう。それが演技だけじゃなく、ドアップになった鯛の刺身がいい色で、分厚くて、ホントに美味そう。

 動画にかぶりついて眺めながら、一緒に「ん~」と唸ってしまう。これは罪深いなと思った。


 まあ、今この魚市場に行ったって、同じ桜鯛は食えねぇんだけど。

 これが鯛じゃなくて鯛焼きなら、旬とか関係なく紹介できたっつーのに、すげぇ残念。

 過去動画漁りまくって、一目惚れした相手の痕跡を見つけられたのはよかったけど、実食系動画配信者としてはよくねぇ。エキストラじゃなくて、真面目に食い物の動画を探すか。

 やれやれと溜息をつきながら、手っ取り早く「ライブ」ってなってるニュース中継動画を開くと――。


『はい、今日は肉を食べに来ました』

 例のアイツがインタビューに答えてて、思わずガタッと立ち上がった。


『これスゴイですね、厚切りのベーコン、ポテト。そして大きなジョッキで飲むビール!』

『暑い日はコレですよ』

 レポーターに合わせて「へへっ」と可愛く笑いながら、ジョッキをカメラに向けて掲げるアイツ。

 だから、その自然な感じが逆に不自然なんだっつの。でもガチでちゃんと飲んでるようで、白い顔がほんのり赤い。キレイめの紺色のシャツに肌の色が映えてて、エロい。

「ああーっ!」

 我慢できずに叫びながら、部屋着を脱ぎながら、でも目線が画面から外せない。急いで支度してぇのに、ぐっとジョッキをあおる仕草が罪深い。

 飲酒していーのかよ、童顔。成人してんの? 群馬からわざわざ来たのか? ロケバスで?

 ソコどこだ?

 じりじりしながらライブを見てると、カメラがパッと切り替わり、赤い鉄骨のタワーを映した。


『先週から始まりました東京夏ビールフェスティバル、今週来週とまだまだ続いているそうです。ブーツタウン屋上では、真上に鉄骨を眺めながら食べ放題、飲み放題が……』


 レポーターの説明を聞き流しながら、手早く着替えて支度を済ませる。髭は毎朝剃る派でよかった。しょっちゅう外で配信してるから、服装にだって迷わねぇ。

「まだ帰んなよ!」

 画面に向かってビシッと言いつつ、ラップトップをぱたんと閉じる。

 カメラにマイクにバッテリーその他、撮影道具を持って出るのも忘れねぇ。

 オレはあくまで動画を撮影しに行くだけで。でも、意中のアイツにもし逢えたら……それは運命かも知れなかった。

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