第30話 ハンナのお店と結婚指輪
ちょうどそのころ
けたたましいサイレンの音で、ハンナはパチリと目が覚めた。
「敵襲? お願いお店だけは無事でいて」
ハンナは神に祈りを捧げ、それが終わると身の回りの物を手に取り家を出た。
「ハンナちゃん、早く防空壕へ行きましょう」
「おばさん、一緒に逃げましょ」
ちょうど隣のおばさんも避難しようと家を出てきたところらしかった。
最近越してきたばかりのハンナを気にかけてくれるおばさんがハンナは好きだった。
防空壕まであと少しというところで、ハンナはあることを思い出してしまった。
(あっ、三上さんからの指輪……)
「おばさん、先に防空壕へ行ってて」
「ハンナちゃん、ちょっと」
「大丈夫! すぐに向かいます」
ハンナは反転し、振り返ることもなしに猛ダッシュする。
「三上さんがプロポーズのために買ってくれたものだから」
自宅に滑り込むと急いで階段を駆け上った。
「はあ、はあ、はあ」
二階のドアを力いっぱい引っ張り開くと同時に中に躍り込む。
「引き出し、引き出し、タンスの引き出し」
ハンナが引き出しに手をかけたその時だった……。
ドカン・ドカン
激しい爆発音とともに、ハンナは吹っ飛ばされる。
「いっっつ」
ハンナはよろめきながら立ち上がり、引き出しを開けて小箱を取り出しポケットにしまいこんだ。
「よし」
ドアの前までかけていく。 どうやら爆風でドアが閉まってしまったらしい。
「!?」
ドアが歪んだのか、何かしら向こうにあるのか分からないが、ドアが開かない。
「このぉ」
ハンナは体重をかけ体当たりで開けようと試みたがビクともしない。
「ここ以外に脱出できる道は……」
窓に向かって突進し、邪魔な荷物を薙ぎ払い必死に開けようとした。
「ここも、開かない……」
窓の外から見える空は、深夜にもかかわらず真っ赤に照らされている。
「ケホ・ケホ」
炎によって焼けた空気が喉を激しく損傷させる。
振り返るとドアは激しく燃え上がり、煙を供給しつづけている。
「くっ」
窓を力強く叩くと、少しばかり開くと同時に酸素が流入し、背後の炎が勢いを増してハンナへ襲い掛かろうとしていた。
「どうして、開いて、開いてよう」
ハンナの願いは無情にも聞き届けられることなく、窓は開くことを頑なに拒絶していた。
「ケホ・ケホ、三上さん……私……どうやらもう……ダメみたい……」
ハンナの意識が段々と失われつつある中、ポケットの中に手を入れて小さな箱を取り出した。
室内にオルゴールが優しく鳴り響く。
「三上さん、勝手に指輪、着けちゃってごめんね」
右手でリングを掴むと左の薬指にはめてゆく。
「三上さんのことだから……サプライズで渡したかったんでしょうけど、本当にごめんね」
ハンナの頬には溢れんばかりの涙が伝わり、指輪の上に滴り落ちる。
「本当に、今までありがとう。 愛しています」
ハンナは左手を目の前まで上げて、微笑みながら薬指を眺めた。
「私の名前が刻んである……フフッウエディングドレス着たかったなぁ」
ハンナの涙で濡れた瞳は徐々に閉じられ、ゆっくりと仰向けに落ちていった。
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