第20話 敵基地爆撃

「いい飛行日和だ」

 珍しく雲一つない晴天に、海を含め天空騎士、いや天空武士の面々は少し安堵した。

 海が移動してきてから四日ばかりたったある日、対岸のショーボール、ラ・メーブルの両港町、城塞都市ハーンにある敵飛行場および周囲の施設に爆撃を加えようと陸海軍合同での作戦と相成り、前日の未明から敵に悟られぬよう薄暗い壕の中無言で整備が行われていた。

 その徹夜の整備兵の行為が無駄にならずに済んだのと、翔陽軍の爆撃騎隊としては、援軍に来たにもかかわらず手持ち無沙汰で肩身が狭かったのもあり、みな朝から張り切って無駄に行動しまくっていた。

「流石に混んでいるな」

 それほど大きくない空港は芋洗いのような状態で狭い中整備兵が最後の準備に大わらわだった。

「大丈夫なのかなぁ」

 ケイトがボソッと呟いた。

 カチャカチャカチャ

 木箱に包まれた爆弾を素早く吊るし、魔法で木箱を解体してゆく。

 確かに翔陽としては頑張って天空騎士を集めた方だが、プロイデンベルグが毎回千騎程動員して襲い掛かって来るのに比べたらいささか劣るのは誰が見ても明らかだろう。

 ましてやスチューザン人のケイトにとっては翔陽の部隊を信用出来ないのも無理はないところではある。

 ただ、こちらの戦線はあまり活動的でないため攻撃をすることで敵機がこちらに配備され、敵戦力の分散を期待できるだろうことは疑いなかった。

 偵察騎隊がまず発進し、次いで直掩隊の一部が離陸する、そのあとに各爆撃騎隊が発進し、海の隊が発進を始めたのは、三十分ほど後だった。

「やっと離陸できた」

 飛び立った空港に目をやると、すでに第二波に向けてこまごまと人が動いているのが見える。

 今までの経験からプロイデンベルクの魔探に引っかかっていることは確実で、迎撃騎の襲撃を計算しなければならない。

「スチューザンやプロイデンベルクの直掩隊よりも翔陽の戦闘騎は足が長いので交戦しても護衛には十分に魔力が持つのは助かるな」

「たしかにそうですね」 

 佐那が強張りながらも微笑んだ。

「海さん」

「ミア何だい」

「通信入ってるよ」

 ミアの言う通り通信機からわずかな声が聞こえていた。

「音量を上げてッと」

「こちら秋川、どうぞ」

「こちら源口、今回の攻撃で魔探が付いている騎はお前のものだけだ」

「ハッ」

「もし、敵騎の高度、位置などわかるようなら他騎に連絡して欲しい」

「了解いたしました」

 海が周囲を見回すと、前方には陸軍の一〇〇式重爆隊や昇龍、二式双軽隊があり、左右に我が隊を包み込むように三式陸攻、星河の隊が悠然と飛行しており、上に目をやると、陸軍の六式戦闘騎隊と海軍の三式艦上戦闘機隊、青電隊の各騎が朝焼けの光を浴びてキラキラと騎体を輝かせていた。

 なかなか責任重大なことになりそうだ。

 現在の高度は八百ほど。

 海峡を半分ほど進んだところだ。

「海さん!」

「ああ、わかっている」

 魔探の小さな投影機の分割された画面には無数の光点が映し出され始めた。

「ん、うん」

「敵、三時の方向から来ます、高度約一〇〇〇」

「よし、各騎聞いたか、最初の迎撃は俺がやる、坂田、横川、多田、無双たちは着いてこい、石本、芹沢、杉山、奥寺たちは引き続き護衛を頼む」

「わかりました」

「承知」

 笹西の指示のもと青電、三式艦戦の一部がグンと上昇態勢に入る。

「こちらも高度を上げるぞ、赤江、桧本、内野、長谷川は高度を上げつつ待機してくれ」

「はい」

 陸軍の佐藤隊長からの指示が、無線を通じて入ってきたのと同時に六式戦隊が上昇を始めた。

「新たに別の敵騎が写りました、十時の方向高度一二〇〇」

「海さん」

「挟み撃ちの様だ」

 冷汗が額を伝わり目に入るも、痛さを感じられないほど気が張り巡らされていることに目の前がぼやけたことでやっと気づいた。

 海は手で目をぬぐい投影機に目をやった。

「こちら石本、芹沢、佐々、片桐上がるぞ」

「はい」

「桧本、山川は直掩頼む、俺が上がる」

「赤江さん、ご武運を」

 青電隊と六式戦の部隊が離れて上昇してゆく。

「ミア、魔銃の準備はいいか?」

「うん、大丈夫」

 強張った返事と共にクルクル旋回しているのが騎体に伝わってくる。

 三時の敵は二隊に分かれて一隊は迎撃のため高度を維持し笹西隊へ向かい、一隊は高度を下げつつ我ら爆撃連合の上空に入らんと移動している。

 周囲を見回すと、爆撃隊は先ほどほとんど変わらぬ間隔で綺麗な密集編隊を組んで飛行している。

 各騎の魔銃台座は左翼、右翼、中央とそれぞれの撃つべき上空へ腕を撫して睨みをきかせていた。

「三時の敵、一隊は味方迎撃隊と交戦中も分かれた一隊がまもなく上空へ侵入、急降下来ます、十時の敵、あと数分で上空に来ます、こちらも二隊に分かれて一隊は迎撃隊と交戦中の模様」

 目の前を増魔石が落下してゆく。

 周りの騎からは声は聞こえないながらも搭乗員の動きから無線の内容を伝えているようで、何とも言えない不思議な感覚を覚えた。

「突然轟音が響き渡ったかと思うと、一騎また一騎と魔銃に追われた敵騎のダイブが始まる。

 前方の双軽の左発動機より発火し、瞬く間に燃え広がり、魔銃手が射撃を中断し発動機に必死に水の魔法をかけているのが見える。

(がんばれ)

 その願い空しく、ますます火の勢いは増していく中、操縦士は必死に態勢を整えようと

舵を操っている。

 また一騎敵が降りかかると、その双軽は軽い爆発を起こして空中分解し搭乗員たちが放り出されて落下していった。

「......」

 味方直掩騎が振り払おうと必死になるも、高高度からの攻撃は防げるものではなく、重爆が一騎、陸攻が一騎と目の前で次々落とされていく。

「十時の敵、我々上空に侵入、来ます」

 再び敵騎の魔のダイブが始まった。

 味方の魔銃手も精鋭を集めているだけあってタダでは落ちんと言わんばかりに魔弾を噴き上げて、敵騎をけん制するとともにその集中砲火で敵機を落とす。

「あああ」

 ミアの叫び声が耳の中に響き渡る。

 ヒューン

 風を切る音と魔弾が上方より降り注いできた。

「――上か」

 顔を上げるのと入れ違いに敵機が横を通過していった。

 バアン

 爆発音の方に目を向けると、星河の一騎が発動機をやられたらしく片側からはエネルギーを噴出しておらず、そのため高度が保てずにゆっくりと降下していっている。

「荷物を捨てろ」

 そう叫んだところで無線もやられたのか声は届かず、そのまま海上に消えていった。

 敵の攻撃もやっと止み、ここから手はず通りに分かれてそれぞれカーンとル・アーブルを爆撃する予定になっていた。

 秋川隊はカーン攻撃組に振り分けられている。

 一緒に来た味方に騎体を揺すぶって別れの挨拶をする。

 お互い武運があらんことを。

 右に旋回しハーンへ針路をとる。

「九時方向より敵機、高度九五〇」

 内陸より駆けつけてきた騎体だろう。

 我らは相変わらず八〇〇を維持している。

「芹沢、杉山、片桐向かうぞ、残りは直掩頼む」

 石本の力強い声が響き渡る。

 戦闘騎隊は先の戦闘で上昇していたおかげで、今度は上からかぶせて戦闘に入った。

 先ほどは敵を見る余裕が無かったが、今回は味方が有利な態勢より戦闘に入ったこともあり、敵騎を観察することができた。

「凄いですね」

「ああ、本当にな」

 ダリーとスカーレットの感嘆する声が聞こえた。

 石本隊の青電はダイブの速度を上手く利用してするすると背後に着くと、まるで雀が地面の米粒をつつくように次々と攻撃を加え、一騎また一騎と落としてゆく。

 芹沢隊の三式艦戦はその旋回力で華麗に立ち回り赤子の手を捻るように簡単に背後に回り込みバタバタと敵を落とす。

 数騎突破できた敵たちも、直掩隊の餌食になり屠られていった。

「今回の敵はまだまだ未熟な部隊だったようですね」

「そうね、おかげで助かった」

 佐那とケイトが安堵しあった。

 バァン

 バァン

 高角魔砲が打ち上げられ、味方の周囲で炸裂が始まった。

 ここから各目標に分かれて爆撃を行うことになっている。

「あの陸攻の小隊に着いていく」

 爆撃対象は飛行場の周囲にある航空騎の整備工場だが、偽装されていてイマイチ見分けがつかない。

「なんだかよくわからないなぁ」

「そうだねぇ」

 陸攻の指揮官騎から爆撃今の合図を指し示す指揮旗が上がる。

「あ、上がったな」

 海は懸吊解放のレバーを力強く引いた。

 爆弾はくるんと信管を下に向け、スゥっと落下していった。

 爆弾が目視出来なくなって数秒たった辺りで、陸攻の爆弾と共にピカリピカリと光を放ちながら砂煙を巻き上げていった。

 横を向くと中央の飛行場からも砂塵が立ち上り、その合間から無数の穴が見えた。

「みんな無事か?」

「大丈夫だぞ」

「おう、そうだな」

 みな無事なようだ。

 各騎集合場所に集結すると、再び編隊を組み帰路に就いた。

「送りオオカミに注意しないとな」

 魔探に睨みを聞かせるも写っていない。

 海上に出ると、ラ・アーブルを攻撃した隊と合流し、編隊を組みなおした。

 結局送りオオカミは来ず、ショーボールを攻撃する第二波の面々とすれ違いざま挨拶を交わしてそのまま帰路に就いた。

「我、敵直掩騎と交戦中」

 無線から二波の戦況報告が入る。

「ショーボール上空到着」

 後ろを振り返ると、地上から無数の光が起こっては消え、消えた場所の一部からはスゥッと黒煙が立ち上った。

 海峡を半ばまで戻ると、海上に数騎の水上騎が不時着した味方を救い上げている。

(翔陽が人を切り捨てなくなったのはスチューザンのおかげかな)

 海は心の中で敬礼しつつその場を過ぎ去っていく。

「着陸まで時間がかかりそうですね」

「確かにこれじゃあな」

 基地に帰ってくると、敵が一仕事した後の様で飛行場が穴だらけになっていた。

「敵騎南西より来襲、高度七〇〇」

 穴だらけの滑走路を待機組が器用に離陸している。

「ホント、器用だねぇ」

 流石のスカーレットも感心しているが、その分着陸が遅れることになる。

 爆撃騎隊は魔力が尽きそうなものや攻撃を受け何かしら調子が悪化した騎を優先的に着陸させ、そのほかは島の北側に退避を行い始めた。

 戦闘騎隊は余勢を駆って一稼ぎせんと高度を上昇させる。

「各騎の魔力はどれ位残っている」

「スカーレット騎六〇ってところ」

「ダリー騎四〇あります」

「中岡騎、五割八分残っております」

「俺は六十半ば残っているから、迎撃しようか」

「そうだな、あんなの見せられてちょっと暴れてみたかったところだ」

「奇遇ですね、私もです」

 スカーレットはともかく佐那が珍しく積極的に同意した。

「左旋回で高度を上げる」

「了解」

 グルグルと上昇を続けている内に、目ざとい騎が敵を発見したらしくその方角へ軽く魔銃を放つ。

「相変わらず、見えないなぁ」

「本当ですね」

「よく見つけるよ」

 みな感嘆と呆れが混じった感想を思い思いに放った。

 上昇を続けている内に、海にも敵騎が段々と見えてきた。

「もっと高度を稼ごう」

 今は七〇〇だからあともう一〇〇欲しい。

 こちらより高い位置にいた迎撃隊騎から次々と増魔石が切り離されてゆく。

 いち早く敵騎に取りついた騎が二・三敵を落とした時、その上空から真っ赤なFM一九九が数騎急降下してきたかと思うと、瞬く間にこちらの騎を落としていった。

「あれは、シャルロッテの隊......」

(しかし負傷したはずでは)

 以前サウスプシャー上空の戦闘が脳裏によぎった。

「シャルロッテ? 誰だ」

 海のつぶやきに男がぶっきらぼうな声でいきなり被せてきた。

「ああ、ヴァイツホーヘンの孫娘だそうだ」

「ヴァイツホーヘン? あの撃墜王のか?」

 男は素っ頓狂な声を上げると、鼻で笑いながら「面白い、相手になるぜ」と言うや否やスロットルを全開にしたのであろう、発動機の音が急に大きくなったのが無線を通じて聞き取れた。

 翔陽の戦闘騎群から三騎の青電が抜け出していくのに気付いた。

「アイツ、その騎数では無茶だ」

 赤い敵部隊は八騎ほどいる。

 流石にみな海と同じことを感じたのだろうその後ろを二十騎程の編隊が追っていった。

 その他の部隊は、高高度から一気に屠らんと黙々と上昇を重ねて行った。

 先ほどの男が赤い群れに攻撃をかける。

「もらった」

 そのうちの一騎の背後を楽々と取り、魔銃を一瞬パパッと発射したかと思うと赤い兵は体を斜め前に崩してそのまま真っすぐ落ちていった。

「凄く射撃が上手い方ですね」

「射撃、一瞬だけでしたね」

 佐那とダリーが感嘆している間に、次の敵を落とさんと前の騎へ標準を合わせたかどうかの時、敵は急に右に旋回したかと思うと、騎体を素早く上昇させ勢いを殺しその後背面

を上にして落ちることにより、男の騎体の背後を取ろうとした。

「甘いな」

 男もその動きにいち早く反応して同じように騎体を上昇させようと騎首を上に向ける。

 刹那、男の騎はそのまま立てなおす事無く騎首を上にしたまま落ちていった。

(何が起きたんだ)

「騎体の整備不良か」

 二番騎も同じように背後に着くと、先ほどと同じように敵機は二番騎の背後に回ろうと騎首を上げて勢いを殺す。

 やはり二番騎も先ほどの男のように騎首を上に向けた瞬間。

「あ、あれは」

「落下の途中で射撃してやがる」

 二番騎も先ほどの男と同じ運命をたどることになった。

 三番騎は前の二騎を見てか一定の距離を開けて背後を追尾しつつ隙が出るのを待つように見えた。

「あっ」

 上空から別の赤い騎が次々と赤龍のごとく襲い掛かり、三番騎を始め、後ろを追っていた騎を数騎落として下へ突き抜けていった。

「あの隊はなぜか魔探に写らない」

「うん」

「ミアの方も写っているか」

「ううん」

 首を振る感覚が背中越しに伝わった。

 不意に海の騎より上空で小さな爆発音が鳴ったかと思うと赤い騎が落下してきた。

 視線を上げると、青電隊が上で待機していた敵を発見して襲い掛かっている。

 数騎いた敵は瞬く間にすべて撃墜され、まだいないのかと言わんばかりに旋回して周囲を探していた。

 視線を戻すと、赤いFM一九九に六式戦闘騎の一隊が格闘戦に引きずり込んでいた。

 流石に格闘戦では翔陽の騎体に勝てないのか、ずるずると追い詰められているようなのだが、最後の最後でスルリと逃げられて、もどかしさを感じた。

「あれじゃ仕留められないな」

「まったくだ」

 他の天空騎士のつぶやきが入る。

(爆撃隊はどうした?)

 やはりみな強敵が出てくるとそちらに視線を取られがちだが、一部の翔陽航空隊は釣られずに爆撃隊への攻撃ポジションへと着々と飛び続けていた。

「まだまだ未熟だな」

「何がだい」

「いやぁ、赤い一九九に気を取られて爆撃隊を忘れていた」

「あはは、気持ちは分かるが気を付けてくれよ、隊長さん」

 スカーレットによる海への冗談が起こるとみな自分と同じと安堵したのか、佐那やダリーなどから安堵の笑いが起こった。

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