第13話 スチューザン、それぞれの出会い

 チュンチュン

(いつの間にか寝ていたみたいだ)

 毛布をたたみ、部屋の隅に片付ける。

(みなまだ寝ている。大きな音を立てるのはよそう)

 静かにドアノブをひねって部屋を出た。

 窓から覗く生まれたての光が廊下の闇を駆逐してゆく。

 トビラの前で寝起きの体をほぐすために体操を始めた。

 掛けてある時計を見ると五時を回ったばかりで、昨日とは打って変わりかなり早起きしたようだ。

 体操が順当に終わったころ、食堂からベーコンを焼いた匂いが漂ってきた。

 手すりに手をかけ下の様子をうかがう。

 ベアトリクスが朝食を食べている。

「よう、面白いものでも見れたかい?」

 声をいきなりかけられたので、慌てて振り返った。

 そこにはにこやかに手を上げたノワルドが立っていた。

「気になるかい? 彼女、ベアトリクスは朝の鍛錬が終わったところだ」

 海の隣の手すりに両肘をつき話しかけてきた。

「彼女は人一倍努力家だ。 朝も夜も鍛錬を怠らない」

 ノワルドは一息つき、こちらへ顔を向けると話を進める。

「なぜ、彼女が君に対してあのような態度を取るかわかるかい」

 ゲルハルト攻撃の帰りが脳裏に浮かんだ。

「いえ、会って早々ああでしたので」

 海がかぶりを振るとノワルドは微笑して、視線をベアトリクスに向けた。

「彼女が尊敬する人物だが、一番は女王陛下二番が両親、そして三番目が......」

 再びノワルドの視線が海に戻る。

「秋川椿だ」

 海は呆気にとられ一瞬言葉が詰まった。

 そしてやっと「姉ですか?」と素っ頓狂な声を絞り出した。

「ああ、そうだ」

「でもなぜ」

 姉を尊敬しているのにもかかわらず、弟を嫌う理由がわからない。

「君がスチューザンの人間をあまり信用していないのは薄々感じる」

「それは......」

 彼は何を企んでいるのだろうという感情が湧いて、心を捉える。

「その態度かな」

「え?」

「恐らくは、今までに受けた翔陽人に対するスチューザン人の差別的対応がそうさせているのだろうと思うが、違うかい」

「......」

 海はノアルドの脈絡もなく飛ぶ言動の意図するところがわからず対応に窮した。

「君の姉は、ティルゴ砂漠で『流砂のコヨーテ』エルウィンと対峙している」

 ノワルドの言葉に熱が帯びてきた。

「翔陽の魔導歩兵の技術はプロイデンベルグに比べ遥かに劣っている現状の中、それでもエルウィン機甲師団を進ませまいと必死に食い止めている」

 眼下のベアトリクスは、食器を持ち立ち上がった。

「あの若さでの司令官就任は女王陛下の口添えによるところなのは事実だ......だがその期待に背かないよう必死に努力していることもまた事実だ」

「私は努力不足だと言いたいのですか」

 海のその言葉に回答をせずに軽くまぶたを閉じて言葉を重ねた。

「彼女......ベアトリクスは、残念ながら君ほどの才能はない。 君の零れ落ちるほど溢れた才能を持ち、素晴らしい一族の中に生まれながら、斜めに構えている姿に彼女は苛立っているのだ」

「そう、何で代わりに私をそこに生まれさせてくれなかったのかってね」

 言い終わると、ノワルドは片目をつぶりおどけて見せた。

「祖父のおかげで......」

「君は若いし、まだまだ時間がある。 ここでの経験も、のちのち糧になることもあるだろう」

 ノワルドは話題を変えることで、海の言葉を遮る。

 そして難しい顔をする海の肩を軽く叩き、「死ぬなよ」と声をかけて歩き去った。

(祖父や姉は立派なのに弟は......のようなことを説教じみた言い方でわめく人間にはいくらでも出会ってきたが、ノワルドはその手の人間とはどうも違うような気がする)

 上手く対処できない何とも言えぬ感情に包まれ思考もごちゃごちゃとまとまらずにその場でしばらく立ちつくした。

 しばらくして、海が早めの朝食を取り始めた頃、突如空襲警報が鳴り響いた。

「なあ、今の聞いたか」

「ああ」

 偶然居合わせたスチューザンの天空騎士と言葉を交わすと、どちらともなく食事を中断し部屋へ向かって駆け出した。

 ドアを勢いよく開けて部屋に戻ると蜂の巣をつついたような慌ただしさに襲われており女性に配慮して飛行服と靴を引っ掴み廊下で着替え始め、終わると部屋の中へ着替え終わった服やら靴やらを投げ込んだ。

「海さん」

 ちょこまかと駆け寄ってきたミアをむんずと持ち上げそのまま小脇に抱え、飛行場へ向かって走り出す。

 周りの建物から一人二人と出て来ては、同じように無言で飛行場に向け走り出す。

「ハアハア」

 振り落とされまいとミアがぎゅっと力を込めて捕まっているのが伝わってきた。

「ミア、もうすぐだ」

 僅かながら、小さく飛行場が視界に入った時、前方にノワルド達が駆けているのが見えた。

 チラッと後ろを振り返るも部下は誰も着いてきていない。

(我ながら連携がなっていないな)

 海は周りに対する配慮が欠けていることにいまさらながら気がついた。

 とりあえず、昨日ホウキを預けた整備兵たちのいる一角へ足を速める。

 遠目からも騎体が並べられており、その各騎体に整備兵が付いているのが見て取れた。

 騎体に急ぎ駆け寄り、整備兵に声を投げかける。

「どう、出れそう」

 整備兵は言葉に反応して視線を上げ、ニカッと笑いながら「大丈夫ですよ、今すぐ出れますよ」と答えた。

「よし、出よう」

 ミアを後部座席に乗せ、前方の座席に跨がりつつ周囲に目を配る。

 まだ誰も到着する気配がない。

 ベルトを締めつつミアに声をかける。

「離陸するけど準備は大丈夫か」

 後ろから「大丈夫」との強張った声が微かに聞こえた。

「あ、そうそう」

 伝え忘れたことを思い出したのか、整備担当の兵が声をかけてきた。

「どうしたんだ」

 よくよく見ると海より十位年上だろう。

「中尉、今は隊長騎のみですが、スチューザンより搭載型の魔探が支給されましたので、搭載しておきました」

「魔探? 搭載?」

 確かにスチューザンは世界一の魔法探知機の技術を持っている。

「はい、夜戦やら哨戒やらのデータが欲しいそうですので何かありましたらご報告をとの事でした」

「正直、魔探には自信が無い」

 海が兵学校にいた頃には無かった物だけに独学で学ばなければならない物なのだが、戦闘騎には今のところ使用しないだけに先延ばしにしていたのが現状だった......。

「中尉、何か言われましたか?」

「あ、いや何でもない」

 海は苦笑いを浮かべてかぶりを振った。

「ご苦労様、ありがとう」

「ハッ」

 敬礼する整備兵に敬礼を返し、発動機の出力を上げる。

 魔探の重量が増えたので出だしが悪くなるかと思われたが、それほど影響は無いようで速度もススッと上がり、難なく離陸して、周囲をうかがった。

「魔探より報告。 ロンダニアに敵爆撃騎、向かいつつあり。 総員迎撃準備急げ」

 通信からは、感情の無いまるで能面のような声が現状をつらつらと伝えている。

 魔探を覗いてみると、味方騎だろう騎影が数騎写っている。

(探知範囲がどれくらいかまではわからないが、こんなものを搭載できる位に小型化してしまう技術は凄いな)

 ロンダニア――スチューザンの首都は、ここから少しばかり南東に飛んだ場所にあるはずだが、何分あらゆることが初めてだらけなので、正確なことはわからない。

(ミアに聞いてみるか)

 会話の邪魔にならないよう、ミアに声をかける前に通信機の電源を落とした。

「ミア、ロンダニアの方角わかる?」

 土地勘が無いのでイマイチ方角がわからない。

 ミアは体をひねり進行方向を確認すると、ちょっとばかり得意げに説明をしはじめた。

「このままいくと、北にそれちゃうので、もっと南に、右方向に飛ばないとだめです」

「具体的にどの位右方向に向けたらいい?」

「あの遠くに見えるお山の上を飛ぶ感じ」

「OKわかった」

「あのお山は昔パパと一緒に行ったことがあるの」

「パパ?」

 海はミアの両親がいないと言っていたことを思い出した。

「うん、あのお山の一番てっぺんでパパの肩にのってお家の方を見たんだ。 だから覚えてるの」

「そうかぁ、かなり高いからお家も見れたかな」

「ううん、お家はわからなかったの」

「そうなのか」

「でもね、あっちの方だってパパが教えてくれたの」

 ミアは山の話が起点になり、饒舌に語り始めた。

 それは、お思い出を共有して欲しかったのか、知っている理由を説明したかったのか、ただ単に思い出したことを口にしているだけなのか、海には皆目見当もつかなかった。

「お家から山までどうやっていったの」

「うんとぉ、駅まで歩いてぇ、そこから汽車に乗って――あっ汽車の窓から色々な景色が見えたの! 最初は町で次は原っぱ、そしてね、森」

「汽車は楽しかったの」

「うん。 景色がいっぱい変わっていって面白いの」

 戦場に行くとは思えないようなミアのはしゃいでいる姿を見ていると、海はまるで妹が初めての遠足に行った感想を話してくれているような気分になり、やさしく相槌を打ち続けた。

「でも、お空も楽しいよ」

「どんな風に楽しいの」

「ゆっくり過ぎて行くんだけど、汽車を追い抜いたりして汽車より早いんだぁってわかるの」

「そっか、不思議だね」

「うん、不思議」

 ミアは心底楽しげに声を弾ませながら返事を返してくる。

 先ほどミアが言っていた山の上に差し掛かる。

「すごい! お山よりこんなに高く飛んでいるの」

 興奮のボルテージがかなり高くまで上がってきているのが伝わってきて、海も特に理由があるわけではないが嬉しくなってきた。

 暁星はひゅんと山を越えていった。

「山へ来たときに、どの位の時間汽車に乗っていたの」

 ミアは困ったような口ぶりで「よくわかんない」と答えた。

「そっか。 ミアのお家はそろそろ見えるかな」

 その言葉が出ると、先ほどまであれだけ元気だったミアが急に押し黙り、こちらに向けていた体を元の姿勢に戻した。

「......」

 しばらくの沈黙が続く......。

「爆弾でお家が無くなっちゃったの」

 海は迂闊な質問を繰り出したことに後悔をし、話題を変えようとした。

「ミアの年齢を聞いてなかったね。俺は二八歳、ミアは?」

「......七歳」

(生まれた場所によっては親子でもおかしくない年齢差だな)

 この幼い少女の運命を海自身の運命と比べると自分の人生の問題なんてたいしたことはない、そう感じられた。

 遥か彼方の大地からモアモアっとした土埃が舞い上がると同時に、かなりの空間を伝わってきたであろうボンボンというぼやけた爆発音が小さいながらも耳に入ってきた。

 色々思い出したのであろう。 ミアが小刻みに震え、落ち着きなく体をゆすぶっているのが感じられた。

「ミア、みんなの敵討ちだ」

「!」

 その言葉を聞くと、ぴょんと背筋を真っすぐに立てて、再度海の方へ体を向けた。

「うん」

 声の表情が読み取りにくい返答が後ろから聞こえた。

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