あなたの鎖と成るように
海湖水
あなたの鎖と成るように
「随分と寂しくなったな」
「そうだねぇ」
奏多がテーブルに目をやると、主人を失った椅子が二つ並べてある。また、粗大ゴミに出さなくてはいけない。
2日前までは、なんてことはない日常が続いていたというのに、このようなことになるとは思っていなかった。
2人が、奏多とキリコのルームメイトの楓と裕太がいなくなったのは、1日前だった。
恋愛関係にあった2人は近頃、急激に不仲となり、ついに楓が裕太を刺し殺すという終わりを迎えた。
最終的に楓は、裕太の死体と包丁を持った楓を見つけた奏多に取り押さえられ、警察へと突き出された。
まあ、それで一件落着、とはならない。楓は錯乱して話なんてできる状態じゃないし、もちろんキリコと共に警察からの事情聴取を受けることとなる。普段から2人の喧嘩を見ていたこともあり、一旦は恋愛関係の問題、とだけ落ち着きそうだった。
「で、どうする?」
「何がだい?」
「いやさ、殺人事件が起こったわけじゃん。このシェアハウスどうしよっか、って思って。キリコは引っ越す?」
「私はその予定はないよ。まあ決めていない、という方が正しいか」
「……そうか」
切り出せない。奏多は、キリコと離れたくなかった。はじめは違和感を持っていたキリコの喋り方も今では慣れ、恋愛感情とも、なんとも言えない感情が奏多の中で渦巻いていた。
とりあえず、引っ越す予定はない、と聞いて奏多の心の中のざわめきは収まった。
「あとさ、キリコは辛くないのか?」
「何がだい?」
「いや、キリコと楓は、仲が良かっただろ。友人が殺人なんて犯してしまってショックじゃないのか、と思ってさ」
キリコは顔に浮かべた笑みを消さないまま、ポツポツと語り出す。
「君も知っているだろう?2人の仲が少しずつ悪くなっていたのを。ショックといえばショックだが、まあ仕方ないというものさ。裕太君も運が良かったんじゃないか?」
「どういう意味だ?殺されて運が良かったって」
「彼は彼女と別れたくない、と言っていたからねぇ。殺された結果、彼女の人生から一生離れることのない『鎖』になれた、という訳さ」
「……なんというか、独特だな」
「ふふふ、正義感の強い君には分からないかもしれないけどねぇ」
正義感、か。奏多は幼い頃の自分を思い出した。
昔から正義感の強い少年と、周りから言われる人生だった。親が警察官だったということもあるのだろうか、とにかく正義感は人一倍にあったと思う。それも、他人のいざこざに首を突っ込んでしまうほどに。
「あのさ、2人の仲違いの理由って知ってる?」
「うん?どうしてそんなことを聞くんだい?」
「裕太の浮気疑惑、ってのが理由らしい」
「そうなのかい?裕太君は浮気をするようには見えなかったんだが……」
「ああ、だから探偵を雇って探ってみたんだ、あいつが浮気してるかどうか。楓には相談せずに勝手に突っ走ってしまってさ」
「へぇ、君もそういうところがあるからねぇ。で、誰と浮気してたんだい?」
「いなかったよ」
「……いいことじゃないか」
「伝えたんだがな、翌日には裕太がザクっとやられたってわけだ。でだな、言いたいことはまだあるんだけどよ。キリコ、お前はあの日、楓に何を吹き込んでた?」
「何をって?何もしていな」
「見たんだよ。お前が楓に写真を見せてる様子をさ。あの時何を言っていた?あのタイミングで楓の様子が変だった。俺の言うことも上の空、って感じでな」
「……君がルームメイトが亡くなって、辛いのはわかるがねぇ。ジョークにしては、探偵ごっこは面白くないよ」
「キリコ」
「……しょうがない、乗ってあげるよ。で?探偵さん、私が彼女に何を吹き込んで、何をさせたって言うんだい?私が彼女に何かを吹き込んだって証拠はなんだって言うんだい?答えてみなよ?君の所望した探偵ごっこだよ?」
「わかんねえよ。お前のことなんて昔から。でもな、あの日のお前の目は随分と」
奏多はリビングへと歩いて行った。自分はおかしくなっているのだろうか。いや、それでもいい。
「イカれてたぜ」
奏多の言葉にキリコはケタケタと笑い出すと、奏多の方へと嘲笑うように語り出した。
「楓君、彼女は昔から少し激情に駆られることが多々あってねぇ。私が見せた裕太君と彼の従姉妹のツーショットには随分と心を動かされたみたいだったねぇ」
奏多はキッチンに置いてある調理道具置き場を漁り始める。それを見ながらも、キリコは顔色一つ変えずに語り続ける。
「裕太君はね、私に彼女と別れたくないと言っていたのだよ。だから少し、それを手伝ってあげただけだ」
「終わりにしよう」
奏多はいつの間にか、手に包丁を握りしめていた。
「ははは、君はそうすると思っていたよ。正義感に駆られ、私を罰したいとは思うものの、証拠も何もない。頼みの綱の楓君は錯乱状態だ」
奏多はキリコの方へと少しずつ近づいていく。心臓の音とキリコの声だけが、彼の耳にこだましていた。
「君は随分と冷静だからねぇ。毎晩2人には喧嘩してもらって、君にストレスを与えてもらったよ。まあ、2人はそんな気はなかっただろうが」
そうだ。ストレスでおかしくなってるのかもしれない。いや、昔からきっと自分はこうだった。
「ねぇ、知ってるかい?その人の死はね、その人の人生を彩る最高の装飾なのさ。裕太君の死は、楓くんを狂わせる月と言ったところだろうか」
ついには心臓の音も聞こえなくなった。
「そう、私の死は『鎖』だ。君をずっと、ずっと、苦しめ、縛り続ける鎖だよ」
キリコの腹に胸に刺さった刃は、赤く赤く染まっていた。
「私は、『鎖』に成れたかい?」
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