コンビニ跡地
川中島ケイ
起。
もう良い、もう疲れ果てた。
こんなにも無能でダメなゴミカス親なら居ない方が良い。消えてしまいたい。
でも、合法的に消えてしまう方法なんて、何処にあるんだろう?
きっかけは月曜日の朝の出来事だった。朝から仕事の支度をして、妻が仕事へ向かうのを送り出す。それから娘の制服・持ち物・水筒なども全部用意して時計はもうすでに登校時刻の20分前。
「おーい、いい加減そろそろ起きないと遅刻だぞ」
声を掛けるが起きてくる気配もない。再度声を掛けると「起きようと思ってたのに怒鳴られたから起きる気力が無くなった」などと言って布団を被って耳を塞ぐ。そのままどう考えても学校の始業時間に間に合わない時間まで起きてこないので、しぶしぶ学校に遅刻の連絡を入れる。
とココまで娘の事に時間を割いたものの、私も仕事の支度をしないといけない時間はとっくに回っている。大急ぎで掃除と身支度を整え来客の準備をし、洗濯を回して朝一番の来客の対応に当たる。ようやく昼前にひと仕事片付いた所で玄関を見るが、まだ娘の靴は玄関に脱ぎ散らかされたままだ。
「あのさぁ。言いたく無いケド、一体いつになったら起きるんだよ?」
「うるっさいな! アンタのせいで今日は行く気無くしたから! もう今日休むわ!」
こちらの声に3倍返しくらいの音量で怒鳴る娘に、こちらも更に語気が荒くなる。
「そんな事言ってお前受験どうするつもりだよ!? まさか高校すら行かないつもりか?」
「うっせぇな! このままでも入れる学校にテキトーにはいりゃいいんだろうが!」
「このままズルズルと学校行かない授業受けないで半年も経ったら、『そのままの学力で』入れる学校なんて残ってない……」
こちらの反論がなにかの導線に火を付けたのか、ベッドから勢いよく飛び起きると、娘はこう言い放った。
「アンタがそうやってネチネチネチネチと言ってくっからこっちはやる気失くすんだろうが!? いい加減黙っとけや、クソジジイ! もう邪魔しないでくれる?」
その言葉と共に乱暴に扉は閉じられる。残ったのは反論を封じられて鬱屈した感情を抱えた私が1人だけだ。
何をどう言えばいいかも分からないまま、学校に欠席連絡を入れて洗濯物を干していると、沸々と後悔なのかよく分からない感情ばかりがこみ上げてくる。
言い方が悪いのか? 学校に行きたくないのも受験が嫌なのもどれもこれも私のせいなのか? それなら、私が関わらなければすべて上手くいくのだろうか?
だとしたらもう、何ひとつ関わるべきじゃないんだろうな。
そう思うともう、脱力感とも無力感ともつかない思いがこみ上げてくる。
娘が生まれて、物心ついた頃に私の事を親と認めてくれてからはずっと、彼女だけが私の全てで何よりも優先すべき存在だった。
仕事をちゃんとしないといけないのも、家庭が上手く回るように家事を円滑にこなすのも妻のご機嫌を取るのも何もかも娘のため。娘と安心して暮らせるために、という事だけが唯一、私をこの生活に繋ぎ止めておくものだったような、気がする。
でもそれがもう、要らないものだったとしたら。
私は何処へ行けば良いんだろう?
消える以外に、選択肢なんてあるのかな?
でも、自殺なんてしたら迷惑が掛かるばかりで保険金だって下りない。そんな都合良く事故に巻き込まれるわけも無いし。
そんな事を考えながらパソコンでYoutubeを立ち上げた時、何故かオススメに上がってきたのは1つの動画。
【ネットに黒い噂が絶えないN県最恐スポット!6選紹介】
私は普段、地元のネタを調べたり心霊系の動画を見たりすることは全く無い。動画を見るとしたら殆どが全国的な時事ニュースを観るか、仕事関連の分野か、趣味系の動画を見て回るかぐらいのものだ。だから大体出てくるおススメはそういった関連のものだというのに、何故だろうか?
そうは思いながらもクリックしてしまったのは、見た事の無い情報を入れる事で現実逃避したい一心からだったのかもしれない。
『次に紹介するのはS市にあるコンビニ跡地だぜ。ここは交通事故で亡くなった女の霊が出ることで有名で、そのせいでバイトに入る人間が次々辞めて廃業したらしい。跡地には何度かテナントが入ったみたいだが1年しないうちに閉店するケースが多くて霊のうわさが絶えないんだ』
早口の自動読み上げ音声で語られるその話に何となく興味が湧いて、他にも情報が無いかと調べてみる。
すると詳しい地名や今その場所がどうなっているか、いつぐらいに語られた噂なのかが出てきた。
噂が立ったのは今より20年近く前の2005年頃、交通事故で亡くなったのは20代の女性。当時付き合っていた彼氏とそのコンビニで頻繁に待ち合わせをして会っていたらしく、それでそのコンビニに未練を残して出てきたのではないかと書かれていた。
2005年といえば私もまだ地元に帰ってきたばかりで、その彼女と同じように好きな人と何処かで待ち合わせてデートに行ったりとか、そんな日々を過ごしていた。妻はその時に付き合っていた人では無いけれど。
もし彼女が不条理な事故で命を落としていなかったとしたら、きっと同じように結婚して子供を設け、家族と幸せに過ごしていただろう。
もしかしたらウチなんかよりもずっと、家族関係が上手くいっている家庭を築けていたのかもしれない。いや、そうに違いない。
それを思うと、どうして自分のような者がのうのうと生き永らえて、彼女のような人が未来を奪われなければいけなかったのか、そんな思いに駆られてしまった。
代わりに、私のような人間が命を落としていれば良かったのに。
交通量の多い国道沿いにあったコンビニで今は建物は残っているものの、道路工事などをする建設会社の資材置き場になっているらしい。
S市は私の住むN市の隣にあり、検索したマップアプリで調べると丁度30キロぐらいの距離だ。それぐらいなら、趣味でやっているロードバイクなら1時間弱でたどり着くことが出来る。
その事を知った瞬間、何故かそこに行ってみようという気になった。霊の存在を軽々しく侮辱する肝試しのような気分でそう思ったわけではなく、自分ならば亡くなった彼女の気持ちに共感できる、そう思ったからだ。
それにどうせこんな命なら投げ出してしまっても構わないと思っている人間なら、この世のものではない何かと邂逅する事でこの身に何が起こっても、心配する必要もない。
どうせならそのまま命を落としたとしても、家族が困らないぐらいの保険金が入ってくれて大助かりだろう。私の命の使い道なんてせいぜい、そのくらいしかないのだ。
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