13 嘘も偽りもなく


 半妖というものは、中途半端な存在として見られることがある。


 例えばカエデであれば、犬のモノノ怪と人間の血を引いているため、人の姿に犬耳と尻尾が生えている。

 生粋のモノノ怪であれば完全に犬の姿になったり、モノノ怪の特徴を出さずに人の姿に化けることができるのだが、半妖のカエデはそれが出来ない。モノノ怪と人、それぞれの特徴が混ざり合った姿でしかいられないのだ。


 たまに「こうだったら仕事が楽だな」と思うことはあるが、両親から受け継いだそれぞれの特徴をカエデは愛していた。


 カエデが生まれるより前の時代は、半妖というだけで馬鹿にされることがあったらしいが、今はそれもだいぶ減った。

 特に表の世に住む人間は、半妖を見ると喜ぶ者が多い。

 

 ――なんてことを、どうして今思い出しているのかと言うと。

 カサイからどうにもそういう感情が伝わってくるからである。


「先ほどはありがとうございました。とても美味しかったです」

「いえいえ。お口に合って良かったです」


 変わらず賑やかな黄昏通りを、カサイや一反木綿と並んで歩く。

 向かう先はすずめ食堂だ。

 昼食を終えた後でカサイから、あちらにも迷惑を掛けたから謝罪に行かせてほしいと頼まれたのである。


 リンを怖がらせるわけにはいかないため、先に連絡を取ってある。彼女は「お待ちしておりますチュン」と言っていた。

 それならば大丈夫かと思ったが、それでも懸念する要素はあるので、念のためカエデが同行しているというわけだ。


 ちなみに鬼のロウにも謝らせてほしいと言われたのだが、ロウの方からは、


「いらん。そもそも謝罪するなら妹の方だろ」


 とにべもなく断られてしまった。

 まぁ、それもそうである。


(それにしても、やっぱり視線を感じますねぇ)


 黄昏通りに入ってから、チリチリと、敵意のようなものを感じている。

 カサイに対してだ。

 恐らくナデシコの一件を知っているモノノ怪だろうと、カエデは推測する。


 ナデシコは八森家の家紋の髪飾りをつけていた。

 そしてカサイも八森家の家紋のついた羽織を着ている。

 昨日の今日で記憶が新しい内に、これを見れば警戒したくなる気持ちはカエデにも分かる。


 だからカエデが同行したのだ。

 黄昏通りのモノノ怪たちは、そこまで気性が荒くはないが、万が一ということがあっては困る。

 せめて使ったのが従属の術でなければ、こうはならなかっただろうにと思いながら黄昏通りを進み、カエデたちはすずめ食堂へ到着した。



 * * *



すずめ食堂の中へ入ると、お昼の時間をずらしたおかげで、お客さんはもうほとんど帰ってしまった後だった。


「リンちゃん、お邪魔します」

「はーい! あっ、カエデちゃん! カエデちゃん!」


 呼びかけると厨房から声と共にリンが飛び出して、こちらへ飛んでくる。


 ぱたぱたと目の前で羽ばたくリンにカエデは微笑むと、両手を水を汲むように合わせて差し出す。

 すると、そこへぽすんとリンが着地した。


 温かくてふわふわした感触に、ついつい頬が緩むのを感じながら、カエデはくるりとカサイの方へ体の向きを変える。


「リンちゃん。こちらが八森カサイさんです」

「はじめましてチュン。すずめ食堂の女将のリンですチュン!」

「ああ……これはご丁寧に。八森カサイと申します。先日は、私の妹が大変ご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございませんでした」


 カサイはリンに向かって深々と頭を下げた。彼の護衛の一反木綿も、同じタイミングで体を折っている。


「…………」


 リンはじっと、そのくりくりした瞳で二人の様子を見つめる。

 謝罪の言葉が嘘か真実か見極めているのだ。


(彼女に嘘は通じない。特に、悪い方のものは)


 すずめは益鳥だ。

 稲穂を食べてしまう面もあるが、稲につく害虫を食べて稲穂を守ってくれるから、そう呼ばれている。

 すずめのモノノ怪にもその性質があり、目の前の人物の言葉に悪意や害意がないかを見抜く力が備わっているのだ。


 果たしてこの二人はどうだろうか。

 事の成り行きを見守っていると、ややあってリンは「受け取りましたチュン!」と明るい声を出した。

 それからリンが「お顔を上げてくださいですチュン」と促すと、カサイと一反木綿はおずおずと顔を上げる。


「もう同じことをしないでくれたら、それでいいですチュン。あっ、でも、お店の修理費は請求させていただきますチュン!」


 ふわふわの胸を張ってリンは言う。

 かわいらしいすずめは、意外としっかりしている。物怖じせずに伝えられて素晴らしいと、カエデはうんうん頷く。


「もちろんです。すべて弁償いたします」


 カサイは柔らかな笑みを浮かべて、しっかりと頷いた。

 それからお詫びの品ですと、紙袋を差し出した。


 和菓子の老舗、星精堂せいせいどうの名前が入っている。あの店はお土産にもお使い物にも便利で、表の世へ行くとたまにアズマやユキメも訪れている。


 リンはぱたぱたと両手を動かし飛び上がると、ひょい、と包みを頭に乗せた。

 カサイは目を丸くする。そして困った様子で、助けを求めるようにカエデを見た。


「あの、カエデさん……」

「大丈夫ですよ。不思議なことに、これが意外と落ちないんです。リンちゃん、力もありますから」

「は、はあ……」


 カサイは半信半疑のようだったが、意を決したように恐る恐る手を離す。

 リンはほんの少しだけ沈んだが、それだけだ。ふらつくこともなく、ぱたぱたと飛んでいる。


「……あ、本当だ」


 それを見てカサイが安堵の表情を浮かべた。



 * * *



 すずめ食堂を出ると、カエデたちはその足で、怪域と表の世を繋ぐ門へと向かう。

 ひと通りの用事を済ませ、家へ帰るカサイたちを送るためだ。


(ここで別れても良かったのですが)


 念のため、門を出るまで見ておこう考えて同行している。

 警戒し過ぎかもしれないが、何もなければそれに越したことはない。


 神社の石段を上がりながら、前を歩くカサイの背中を見上げていると、


「カエデさんはいつ頃から篠塚家にお仕えになってらっしゃるのですか?」


 と訊かれた。


「十二の時ですね」

「なるほど、どうりで。会合で見かける度に、ユキメさんやアズマさんがあなたを信頼しているのが伝わってきます。本当に良い関係ですね。羨ましいな」


 顔が前を向いているため、カサイがどんな表情をしているか分からないが、本当に羨ましそう言い方だった。


「八森家もそうでしょう?」

「そうですね。でも、うちには一線がありますから」


 カエデが訊き返すと、カサイは足を止めた。


「だから羨ましいですよ。篠塚家とカエデさんの関係は。私ではこうはいかない」


 そう言って彼はくるりと振り返り、カエデを見下ろしてくる。

 石段の、数段上から自分を見つめるその瞳に、どろりとした昏い感情が見えて、カエデは一瞬固まった。


「あー、ええと……あなたはどう思います?」


 何となく気まずさを感じて、空気を変えようと空中をふわふわと飛んでいる一反木綿に声を掛ける。

 彼――もしくは彼女だろうか。一反木綿のようなモノノ怪は性別が分かり辛い。それに自分たちの前では一度も言葉を発していないため、声から予想することも出来なかった。


「なかよし なにより うらやまし」


 そんな一反木綿からは中性的な声で返事があった。

 口数が多い方ではないのか、それだけ言うと黙ってしまう。


(弱った)


 話を振らない方が良かったかもしれない。何とも微妙な空気になってしまった。

 もっとも、そう感じているのはカエデだけかもしれないが。


 そんなカエデの心情を察してか、カサイはにこりと微笑んで、ふたたび神社の方へ体の向きを戻して歩き出す。

 カエデは少しほっとしつつ、先ほどよりも若干距離を取りながらついて行くと、


「あなたみたいな人がいてくれたら、違っていたのでしょうね」


 独り言のようなつぶやきが耳に届いて、カエデは一瞬怪訝な顔になったが、聞こえないふりをした。

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