7 おだんご
結婚指輪を注文した後、カエデたちは黄昏通りのだんご屋を訪れていた。
「綺麗でしたね、あの石」
「そうですね、良いものがあって良かったです」
鮮やかな緋毛氈の縁台に座り、三色だんごを食べながらカエデとアズマは和やかに話をしている。
虹ノ小間物店の店主が戻ってくるまでの間、店内を見ていたカエデたちは、ある虹華石に目が留まった。
虹華石は怪域でのみ採掘出来る石で、それ自体がそこそこ貴重な品物なのだが、店のガラスケースに並んでいたのは、ひと目で見て分かるくらいに透き通った、品質の良い石だったのだ。
ひと通り叫び終えて戻って来た店主にその虹華石について訊いたところ、
「あらっ見る目があるわね! これね、一昨日ちょうど入荷したの」
とのことだった。購入予約もまだ入っていないらしい。
虹華石は
品質が良い分少々値は張ったが、カエデとアズマは相談して、せっかく出会えたのだからとその石に決めたのである。
指輪のサイズも測って支払いも済ませてきたので、指輪が出来上がったら受け取りに行くだけだ。
(指輪かぁ……)
思えば、カエデが初めて購入する装飾品だ。それが結婚指輪とは、人生とは何が起こるか分からないものである。
三色だんごを食べながら、カエデがしみじみと自分の指を眺めていると、
「カエデさんは指輪とかああいうものって、あまり好きではなかったですか?」
と、アズマから訊かれた。
「そんなことはないですよ。綺麗なものも、かわいいものも好きです」
「そう……でしたか。良かった。カエデさんはそういうものをあまり買わないので、どうかと思ったんですよ」
「んふふ、心配してくれてありがとうございます。いつもは着飾る必要性を感じなかったので。激しい動きをする方なので、その時にどこかで落としてしまったら、それはそれで悲しいですから」
きっと、もっとスマートに戦える人であれば、装飾品を身に着けていても落とさないのだろうなとカエデは思う。外れにくい着け方も、探せばきっとあるのだろう。
ただ、カエデがそれをしなかっただけだ。
(それに色目を使っているとか言われても困りますからねぇ)
篠塚家に拾われたカエデを妬んで、そういう下世話な陰口をささやく者がいる。
耳に入る度にアズマやユキメは怒ってくれて、それがカエデには嬉しくて――同時に申し訳なくも感じていた。
だから周りから誤解されないようにカエデは振舞うことにしたし、おかしなことを言われないように着飾ることもしなかったのだ。
当時は腹も立ったし、悔しくもあった。けれども今となっては、そのおかげで貯金もしっかり出来て、綺麗な虹華石の指輪を買うことが出来た。
どこで何が人生の役に立つのか分からないものである。
「……なるほど、嫌ではないと」
「ん? そうですね?」
「ちなみに他にも色々とありましたが、どうでした?」
「他ですか? そうですねぇ……。……あ、一つだけあった花の髪飾り、すごく綺麗でした」
「……、そうですね。なるほど、分かりました」
アズマはこくりと頷いて、三つ目のだんごを口に咥えた。
何が分かったというのだろか。それこそよく分からなくてカエデは首を傾げて彼を見る。アズマはどこかホッとした雰囲気だった。
(ま、いっか)
疑問は覚えたが特に追及することでもなさそうだと思い、カエデは二本目のだんごへと手を伸ばした。
そうしていると、
「ちょっと用事を思い出しました。すぐに戻りますから、ここで少し待っていてください」
アズマはそう言って立ち上がり、どこかへ向かって歩いて行ってしまった。
カエデは「はーい」と返事をして、遠ざかって行く後ろ姿を眺めながら、もぐもぐとだんごを食べる。
念のため小さな音でも拾えるように、耳はそちらへ向けておく。仕事はお休みだと言われても、アズマの護衛に関しては別だからだ。
(最近は、この辺りもずいぶん落ち着きましたねぇ)
ふと、そう思った。
怪域の中心地であるこの町は、いつも活気に満ち溢れていた。
住人はやはりモノノ怪が多いが、人間もそこそこ住んでいる。モノノ怪と人の争いが落ち着いた後で、こちらへ移り住んだ者たちがいるのだ。
怪域の、どこか懐かしさを感じる街並みや風景、そこに流れる空気に惹かれたらしい。
カエデの父親もそうだった。そうしてこちらへやって来て、犬のモノノ怪であるカエデの母と出会い、恋に落ちて結婚し、カエデが生まれたのだ。
とにかく仲の良い夫婦で、喧嘩をしたところなんてカエデは一度も見たことがなかった。
いつも笑顔で、大らかで、優しい。そんな人たちで、モノノ怪からも人からも好かれていた。
しかし、そんな二人はモノノ怪に襲われて命を落とした。
今から十年前、幾つかのモノノ怪の集団が意見の相違でぶつかり合い、黄昏通りも毎日揉め事が起きていて、カエデたち家族はそれに巻き込まれたのだ。
思い出してみれば、両親を襲ったモノノ怪も大怪我をしていた気がする。だからロウと同じく、体を治すためにモノノ怪を喰らって妖力を得ようとしていたのだろう。
父は、母とカエデを庇って先に喰われた。母もまたカエデを守って致命傷を負い、そのまま息を引き取った。
次は自分の番だ。
大きく開かれた赤い口に生えた、血の滴る鋭い牙を見上げながらカエデは死を覚悟して目を閉じた。
その時、アズマとユキメが間に入って、カエデを助けてくれたのだ。
暴れるモノノ怪を前に、物怖じせずに戦うユキメをぼんやりと見上げていたら、アズマがカエデの傍に来て、
「大丈夫。もう大丈夫だからね」
と言って手を握ってくれた。
その時の温もりを、カエデは生涯忘れることはないだろう。
そんなことを思い出して、何となく自分の手のひらを眺めていると、
「――――?」
不意に、カエデの耳がアズマの声を拾った。同時にリンの悲鳴のようなものも聞こえる。
ハッとして、カエデは最後のだんごを食いちぎるような勢いで食べると、
「すみません、お代、ここへ置いておきます! おつりはいりませんので!」
縁台にお金を置いて、声が聞こえた方――すずめ食堂を目指して走り出した。
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