第16話 おそろしいきおく
十年近く振りに絵本を開く。他の絵本みたいな可愛らしいものではなく、戦争の恐ろしさがしっかり描かれていた記憶がある。
『なつこは、くろいみちをおかあさんとすすみました。おとうさんはどこにいったのか、おかあさんにきいてもこたえてくれません』
そうだ、こういう話だった。怖いが先行して、どんな話だったかすっかり頭から抜けていた。
『おかあさん。かみのけがぬけちゃった』
『なつこはそういって、みぎてににぎられたかみのけのたばをみせました』
今見ても、恐ろしい気持ちになる。戦争がどういうものか知ったからこそ、怖さが増す。
これは絵本だけれども、こういうことがあちこちで実際に起きていたんだ。私みたいな子も、もっと小さな、赤ちゃんでさえも、こういう目に遭った。
ページをめくる手が止まる。息をゆっくり吸って吐いて、口元に力を入れて次を開いた。
『おかあさん。おかあさん。おきて、おかあさん』
「ああ……」
この絵本もおとうさんやおかあさんがいなくなっちゃうんだ。そして、なつこも苦しんで、お腹を空かせて。最後は親戚の人が来てくれたけど、今やっている自由曲の“私”は家族の元に行く。
もちろん生きることが大事だけど、小さな子どもだったらどちらが幸せなのだろう。
答えは出ない。どちらも正解で、正解じゃないから。
こんなことは二度とあってはならない。そう思えることだけが正しいと分かる。
「ふう」
思ったより重い本だった。本当、よく買ってくれたなぁ。でも、今の私にはとても勉強になった。
本って、買ってずっと読まないでいても、十年後二十年後と、いつか読む日が来て、いつ読んでもその時々の学びがある。素敵。
「わ、あと十分しかない」
時計を確認したら、思ったより時間が経っていた。私は数回ソロを歌って今日の練習をおしまいにした。
翌日、昨日録音したソロ練習の声を聴いてみた。絵本を読んで雰囲気を掴んでから望んだ歌はたしかに変わった。でも、何か子どもが感じ取る想い以上のものが声に乗ってしまって聞こえた。
戦争を理解したからこそ、その重みが乗っちゃったんだ。主人公の女の子は私よりずっと小さい。家族がいなくなった意味もしっかりとは理解していない。その上でのソロだから、もっと子どもらしさが必要かもしれない。
うわぁ、難しい。
演劇部じゃないから、演技したことないよ。
でも、歌うことも演技することの一つだもの。しっかり、女の子になりきって歌わなきゃ。
この日は三十分使い、いろいろな歌い方をして試行錯誤した。
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