第11話 歌詞の意味

 つまり彼は、今年のソロを狙っているということだ。三曲のうち一曲はソロ無しだけど、きっと彼はソロ有の曲に手を挙げる。田尻君の瞳は真剣だった。


 一年生なのにすごい。一年生が選ばれたことが今まであったのか知らないけど、権利が無いわけではない。さすがというべきか。


「はい、どうだったでしょうか。今から紙を配るので、無記名で希望曲のみを書いて提出してね」


 端から紙を渡される。各々散り散りになり、周りから見えないよう書き始めた。別に相談してもいいけれども、自身の考えを尊重するとのこと。私も誰にも聞かずに書き始める。


 二周聴いて悩みに悩んだけれども、一番私が歌いたいものにした。


「では、アンケートで一番多かったものを採用とし、明日楽譜を全員分持ってきます。楽しみにしていてね」


 おおお、結果は明日まで分からないんだ。緊張する!


 課題曲の練習に入っても、私の頭の中は自由曲でいっぱいだった。


 どの曲になるんだろう。田尻君じゃないけど、私もやっぱりソロ有の方がよくて、最終的には二択だった。でも、どれも素敵だったから希望していない曲になっても全力を尽くそう。


 昨日課題曲の音取りが終わり、今日からは歌詞の読み込みと、どこで息継ぎをするかなどを話し合うことになっている。


 歌詞の読み込み、とても大切だけどたまに退屈に感じてしまう。でも、これを疎かにすると曲のまとまりが無くなることを知っている。


 歌詞の段落ごとに区切って、ここはどういう想いが込められているのか、どういう風に歌うべきか話し合う。少ししたところで、田尻君が手を挙げた。


「これって何の意味があるんですか?」


 一瞬パート内が静まり返ってから、家原先輩が答えた。


「歌詞に込められた気持ちが分かった方が、どんな風に歌うべきかみんなで共有し合えるでしょ。そうすると、音もいっそう一つになれる」


「でも、込められた気持ちなんて作者以外分からないですよ」

「自分たちなりの答えを出せばいいんだよ」

「そういうものですかね」


 田尻君はまだ不満そうな顔をしていた。


 合唱団時代を思い返してみると、小学生だからか歌詞の読み込みはいっさいなかった。自由曲を決めるのも児童ではなく先生だった。だから、みんなは歌うことだけに集中していた。


 もしかしたら、田尻君も歌に集中したいのかもしれない。歌うのは楽しいから分かる。


 でも、それだけじゃお客さんのままだ。きちんと演者になるために、聴いている人たちへ伝えるために、私たちが前のめりになっていかないと。


 いやまあ、単純に面倒だなと思っただけなのかもしれないけど。とにかく、歌詞の読み込みが続けられたわけだ。

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