第7話 小さなトゲ
「先輩に教わらなくても平気です。多分、先輩より詳しいですよ」
翌日、そんな私を田尻君が一突きでしょぼしょぼに萎ませてくれた。
入ったばかりだから分からないかもしれないからと、楽譜の読み方が分かるか聞いてみたらそんなことを言われた。しかも、半笑いで。
えっと、私喧嘩腰に言ってないんだけど。田尻君は気に障ったってこと?
先輩に目線で助けを求めると、無言で他の一年生に顔を向けられた。分かりました、めげずに次行きます。
「えっと、笠野さんで合ってるかな」
「はいっ」
もう一人の子は美結が教えているので、笠野さんに話しかけた。笠野さんは緊張した様子で返事をした。
これこれ、新入部員って感じで初々しい。可愛すぎる。田尻君はとりあえず一人の方がいいみたいなので、笠野さんと課題曲の読み込みを始めた。
「まずは楽譜の読み方だけど、分からない記号とかある?」
「あの、結構あります。すみません」
「謝らなくていいよ。最初はみんな分からないものだから、どんどん聞いて」
「はいっ」
一ページ目から一つずつ分からないところを説明していく。小学生の音楽である程度習っても忘れていることもあるだろう。私が優しく伝えると、徐々に笠野さんの表情も和らいでいった。
「ピアノが空いたから、キリの良いところまで音取りしよう」
三年生の合図で音取りが始まった。ピアノは音楽室と準備室で二台なので、今までアルトが使っていたピアノに移動する。
私たちはすでに音取りが終わっているので、一年生に覚えてもらうのがメインだ。
「まず、メロディラインをピアノで弾いてから歌ってみよう。だいたい主旋律だから歌いやすいと思うから、気楽に歌ってみてね。自信がないところは最初は小声でも平気だよ」
家原先輩がソプラノの音を二ページ分弾く。笠野さんが真剣に楽譜と家原先輩を交互に見ていた。
もう一人の女子、高橋さんも同じ感じだけど、彼女は楽譜は読めるって言っていた。
田尻君は……余裕の顔で楽譜だけ見ていた。分かるから暇なのかな。他の二人に悪い影響が出ないといいけど。
ピアノで弾いた後、見本として二、三年生で歌ってみる。その後、三学年全員で歌った。
女子二人が自信なさげなのとは対照的に、田尻君は上級生より大きい声で歌っていた。自信があるのは良いことだ。あとは、それを周りと合わせて調節することができるかどうか。
合唱は文字通りみんなの声を合わせて歌う。たとえ上手いからといって、一人だけ突出させて声の質を合わせなかったら、統一感のある歌声にはならない。ソロや一人で歌う歌手であればいいけれど、合唱では歓迎されないのだ。
──まあ、まだ音取りの段階だし。全員で合わせた時に気になれば先生が指示してくれる。
この日は半分まで音取りしたところで終了した。
「本入部初日はどうだった?」
「緊張しました」
家原先輩が一年生に聞いてみる。最後に田尻君が自信満々に答えた。
「簡単です。僕、小学生の頃からやっていて慣れてるんで。音も一度聴いたら取れますね」
「すごいねぇ。どこの小学校だったの?」
「引っ越してきたんで近くじゃないんですよ」
「そうなんだ。期待してる」
期待という言葉を聞いて、田尻君の口角はますます上がった。
下校時間になり帰りの支度をしていると、田尻君が近寄ってきた。
「三上先輩、コンクールの自由曲は決まっていますか?」
「ううん、まだだよ。もう少ししたら先生が候補曲持ってきてくれるからみんなで決める予定」
「なるほど、分かりました」
それだけ言って田尻君は一人先に帰っていった。
「やる気あるね」真奈美が言う。
「たしかに、やる気はすごく感じる」私も感心して答えた。
言い方に棘があるけど、合唱への姿勢は本気を感じる。空回りしなければ良いものが出来るかもしれない。
まだまだ出会ったばかり。彼も最初だから気合が入っているんだ。もっと仲良くなって、みんなで寄り添い合って素敵な曲を完成させるぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます