第4話 仮入部

 ついに仮入部の時が来た。私は真奈美と顔を見合わせる。


「どうしよう、一人も来なかったら」

「声かけてはみたけど、不安だよねぇ」


「私も近所の後輩に声かけたかったけど、合唱団時代はお互いにスマホ持ってなくて連絡先知らなかったの。うう、来てくれるかな」


 そこへ家原先輩がやってきた。


「平気平気。来てくれなくても、明日があるよ。気にしないでいこ」

「うわぁ、先輩~!」


 さすが部長は言うことが違う。素敵。


 分かりづらいといけないので、部員二人だけ音楽室の前で待つことになった。あとのみんなで椅子を前に出して一年生の席を作る。


 来ますように、来ますように。


 心の中で祈りながら発声練習が始まった。


「来たよ!」


 すると、すぐに廊下にいた先輩が中に入ってきた。後ろには見慣れない生徒が二人。つまりそれは、一年生ってことで。


──わ~~~~~~!!


 興奮する心臓を誤魔化しつつ、よそ行きの笑顔で椅子を二脚差し出す。


「どうぞどうぞ、こちらへ」

「あ、失礼します」


 二人は少し俯きつつ椅子に座った。


 いいねぇ、初々しいねぇ。大好き!


 初日で二人来てくれるのはありがたい。もし一人で見学に来た時、他の見学者が誰もいなかったら帰ってしまうかもしれない。他にも来たりしないかな。


 ドアの方を向いてそわそわしていたら、横の先輩にこつんとこぶしを当てられた。はい、静かにします。


「一年生さん、自由に見ていってくださいね。次の部活を見る場合は途中で出ても構わないので」

「分かりました」


 先生が一年生に伝え、部活が始まった。廊下にいた先輩も戻ってきた。一年生が入りやすいようにドアは開けたままにしてある。


 発声練習をしていたら、もう二人来た。しかも、男子。やった、女子と男子両方なんてバランスがとても良い。


 その日は音取りの続きと、部活紹介でやった曲をもう一度披露して終わった。結局、一年生は合わせて五人来てくれた。他の部活に行かないで、最後まで残ってくれた子もいた。


「明日もよかったら来てね」

「はい。有難う御座います」


 社交辞令かもしれない返事でも嬉しくなる。仮入部期間は一週間あるから、まだまだ来てくれるはず。明日も頑張るぞ。


 二日目、三日目と過ぎていく。過度な勧誘は禁止なので、基本的には来てくれるのを待つ感じ。たまに、合唱部時代の後輩に会いに行ってどうするか聞いたくらい。


 わりと話したことのある三人に聞いてみたら、一人はバスケ部、一人は考え中、もう一人が多分入るって言ってくれた。私の成果は一人かぁ、でも入ってくれそうでよかった。


 合唱団に入っていた人はそのまま合唱部に入るものだと思っていた自分が懐かしい。去年、私含めて元合唱団は五人いたけど、入部したのは三人だった。意外と入らないものなのね。


「一人入ったよ!」


 土日を挟んで月曜日、明日で最終日というところで家原先輩が笑顔で部室に入ってきた。みんな一斉に立ち上がる。


「え、すごい。まだ仮入期間中なのに」

「誰ですか?」

「一日目に見学してくれた女子二人のうちの一人だよ」

「へぇ、じゃあもしかしたら、もう一人の子も入ってくれるかもですね」


 記念すべき一号に部員全員が沸き立つ。このままうまくいけば、去年より増えたりして。


「この調子でいこ。今日も一年生に優しくね」

「はい!」


 さすがに気合が入る。毎日五人以上来てるし、今日もそれくらいは来るはず。金曜日に来てくれた合唱団の後輩は今日も来るって言っていた。多分入ってくれるから、これで女子二人はゲットだ。


「久君、男子はどんな感じ?」

「今日と明日来るって言ってた。多分いける」

「おお~頼もしいお言葉頂きました」

「うむ。我を崇め奉れ」


 私が両手を挙げてお辞儀をしていたら、先輩に準備を急かされてしまった。あわわわ、すみません。


 今日の一年生は八人も来てくれた。久君が言っていた通り、男子もいる。うん、合唱団で見たことある。合唱団は人数が多くて、男子の方は話したことがない子もいたなぁ。


 見ているだけではつまらないので、二日目からは簡単な楽譜を渡してみんなで歌ったりしている。まだソプラノかアルトかは入部して声を聞いてみないと分けられないから、今は希望パートのところに来てもらって一緒に歌う。


「合唱は初めて?」

「はい。文化部希望なので、とりあえず全部回っていて」

「そうなんだ。もし気に入ったら、また明日来てみてね」

「はい」


 うちの学校は部活が強制だ。今の時代それはどうなのって思うけど、途中で退部した場合は他の部に入らず帰宅部になってもいいので、まずはどこか入ってみようというきっかけ作り程度なのかもしれない。


 だから、一つの部活を一週間見学するより、運動が好きな人は運動部を、芸術が好きだったり運動が苦手な人は文化部をあちこち回る人が多い。小学校で部活に入っていない子は初めての経験だから慎重になるのだろう。


 初心者がほとんどなのに、みんな一生懸命楽譜を見て、音取りをして歌ってくれる。それだけでうるうるしちゃう。この中の何人が入部届出してくれるかな。もし違う部活を選択しても、そこで楽しく過ごせるといいな。


「有難う御座いました。失礼します」


 帰っていく一年生たちを手を振って見送る。


 明日が最後の日、入部希望者はだいたいそこの部活を見学するから、明日の人数でこれからの合唱部が分かるということだ。


 その日の夜、私は日付が変わる頃になるまで寝付けなかった。

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