第5話 夜のひみつと、癒やしの囁き

(あなたが風邪から回復した数日後の深夜。シーン、と静まり返った廊下を、そっと歩く足音。あなたの部屋のドアの前で止まり、ためらいがちに、ゆっくりとドアノブに手をかける)


麗華 (ごく小さな、囁くような声で)

「...すぅ...すぅ...。よく、お休みになっていらっしゃる...」


(音を立てないように、そっと部屋に入る。月明かりが、あなたの寝顔をぼんやりと照らしている)


「今日も一日、お疲れ様でした...。病み上がりだというのに、また遅くまでお仕事を...。あまり、ご無理をなさらないでくださいまし...」


(ベッドサイドに脱ぎ捨てられたシャツを見つけ、小さくため息をつく)


「もう...。シャツがまた脱ぎっぱなし...。本当に、だらしないお方なんですから...」


(言いながらも、その声はとても優しい。シャツを拾い上げ、丁寧にたたむ音)


「でも...それだけ、お仕事でお疲れなのですものね。無理もありませんわ」


(机の上に散らかった書類を、静かに整理する音。紙が擦れる、かさ、かさ、という微かな音)


「こんなにたくさんの書類...。きっと、大変なお仕事をしていらっしゃるのね...。わたくしの知らない世界で、戦っていらっしゃる...」


(あなたの寝顔を、じっと見つめている気配)


「お疲れのご様子...。あの日、雨の中、わたくしを拾ってくださってから、ずっとお忙しい毎日...。わたくしのせいで、ご負担をおかけしているのではないかしら...」


(ベッドのそばに膝をつき、あなたの顔を覗き込む)


「本当は...もっと、お役に立ちたいのです。でも、桜庭家の令嬢だったという、もう何の役にも立たないちっぽけなプライドが邪魔をして...。素直になれない自分が、本当に嫌になりますわ...」


(あなたの寝顔をじっと見つめ、過去を思い出す)


麗華 (独り言のように、遠くを見るような声で)

「昔は...夜ごと開かれるパーティーで、知らない方々と当たり障りのないお話をして...それが当たり前の日常だと思っておりました。きらびやかなシャンデリアの下で、空っぽの言葉を交わす毎日...。でも...今、こうして薄暗い月明かりの下で、あなた様の穏やかな寝顔を眺めている時間の方が...ずっと...ずっと、心が満たされている気がいたします...。不思議ですわね...」


(あなたの耳元に、そっと顔を近づける。温かい吐息がかかるほどの距離)


「...最近、あまりよく眠れていらっしゃらないのではなくて?目の下に、少しクマができていらっしゃいますわ...。わたくしに、ほんの少しだけ、お手伝いさせてはいただけませんでしょうか...?」


(囁きながら、懐から取り出した小さな桐の箱を、そっと開ける。中には、梵天と数種類の耳かきが綺麗に並んでいる)


「...お耳のお掃除ですわ。わたくしがまだ幼かった頃、お母様がよくやってくださいましたの...。お母様の優しい声と、このカリカリという音を聞いていると、とても気持ちがよくて、いつもすぐに眠ってしまったのです。だから...あなた様にも、この安らぎを、少しだけお分けしたくて...」


(まず、白くてふわふわの梵天(ぼんてん)を手に取る)


麗華 (ASMRを意識した、吐息混じりの囁き声で)

「(ふーっ...)失礼しますわね...。まず、お耳の周りを...こうして...ふわふわ...さわさわ...。どうです?くすぐったいですか...?ふふ...」


(梵天で耳介(じかい)を優しくなでる、さらさら、という心地よい音)


「お耳が、少しリラックスしてきましたか...?では、次は、右のお耳から...失礼いたしますわ...」


(細い竹の耳かきを手に取り、そっと、あなたの耳の中へ...)


「(かり...かり...こり...)ああ、ここに少し大きなものが...。動かないでくださいましね...。大丈夫、痛くはいたしませんから...。(ごそごそ...かり...)...取れましたわ...!ふふ、大物ですのよ。これで、少しすっきりなさいましたか...?」


(取れた耳垢をティッシュの上に置く、こつ、という小さな音)


「次は、左のお耳を...。こちら側も、少しだけ汚れていらっしゃいますわね...。(かりかり...こりこり...)...上手く取れましたわ。わたくし、意外と才能があるのかもしれませんわね、耳かきメイドの...。ふふっ」


(左右交互に、丁寧に、音を変えながら耳かきを進める。その間の、麗華の優しい囁き声と、安心させるような息遣い)


「(ふーっ...)どうですの...?気持ちいいですか...?...そう...よろしゅうございました...。あなた様が気持ちいいと、わたくしも、なんだか嬉しくなりますわ...」


(最後に、もう一度梵天で仕上げをする)


「仕上げに、もう一度ふわふわを...。お耳の中を、綺麗にお掃除...。(さわさわ...ふわ...)...はい、これで、今夜はきっと、ぐっすりお休みになれますわ...」


(耳かきセットを静かに片付け、あなたの肩にそっと手を置く)


「...少し、凝っていらっしゃいますわね。一日中、パソコンとお仕事を...。少しだけ...揉ませてください...」


(あなたの肩を、優しく、しかし的確に揉みほぐす音。こり、こり、という凝りがほぐれるような音と、麗華の衣擦れの音)


「メイドとして、ご主人様の健康管理も、大切なお仕事ですもの...。これは...お仕事ですわ...。ええ、そうですとも...」


(自分に言い聞かせるように呟く。そっと、あなたの髪を撫でそうになって、慌てて手を引っ込める)


「い、いけませんわ!何を考えているの、麗華!雇い主とメイドという、立場を弁えなさい!」


(しかし、もう一度あなたの寝顔を見つめ、その穏やかな表情に、自分の心も安らいでいくのを感じる)


「でも...本当に、穏やかなお顔...。優しそうで...安心できる方...」


(その時、あなたがむにゃむにゃと寝言を言い、ごろりと寝返りを打つ)


麗華 (息を呑む音)

「あ!」


(あなたがうっすらと目を開ける気配)


麗華 (完全にパニックになった、裏返った声で)

「あ、あああ!お、起こしてしまって!も、申し訳ございません!」


(どうしようかとその場で慌てふためき、しどろもどろになる)


「あ、あの!お水を...!そうでございます!のどが渇いていらっしゃるのではないかと思って、お水をお持ちいたしましたの!」


(明らかに苦しい言い訳。あなたの不思議そうな視線に耐えられなくなる)


「い、いえ!そういうわけではございませんの!ただ...ただ...!」


(観念したように、俯いて、小さな声でぽつりと呟く)


「...心配、だったのです...。毎日、あんなに遅くまでお仕事をされて...。また、お体を壊されるのではないかと...。それで、つい...」


(はっと自分の正直な発言に気づき、顔が真っ赤になる)


「あ!べ、別に、あなたのことが特別に心配というわけではございませんのよ!メイドとして、雇い主様の健康管理をするのは、当然の義務ですから!ええ、義務ですとも!」


(逃げるように部屋を出ようと、ドアに向かう)


「そ、それでは!おやすみなさいませ!」


(ドアの前で一度だけ立ち止まり、振り返らずに、でも聞こえるか聞こえないかの声で)


「...あの...もし、また眠れない夜がございましたら...その...遠慮なく、お声をかけてくださいませ...。耳かき、くらいなら...いつでも...」


(とても小声で)


「...おやすみなさい...」


(そっとドアを閉める音。自分の部屋に戻るまで、足音が少しだけ震えている)


(自室のベッドに倒れ込むように座る音)


「ああ...なんてことをしてしまったのでしょう...。なんてことを、言ってしまったのでしょう...」


(枕に顔を埋める音。もぞもぞと身じろぎする)


「恥ずかしい...恥ずかしすぎますわ...!でも...心配だったのは、本当ですもの...」


(布団に入る音。心臓がまだドキドキと鳴っている)


「明日は...きちんとお詫びしなくては...。でも...どんなお顔をして、お会いすれば...」


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