第17話

ルチェットの親族であるエレンというこの女は、前に俺が嫌っていた女のタイプにピッタリ重なる。


猫を被って地位や顔しか見ていない。


親族だから我慢していただけで、ルチェットとの時間を邪魔されたくはなかった。


しかし、今俺の執務室でこの女が話しているのは、ルチェットの子供の頃からの話。


ここに来る前の、俺が知らないルチェットの話をしている。


しかも、内容は酷いものばかりであり、ルチェットが失敗したから痛めつけた、ルチェットが気に食わなかったから折檻した。


そんなような痛々しい話だった。


ルチェットが来たばかりだった頃に出かけたあの時、掴んだ腕が細かったのも納得がいく。


しかも、俺がルチェットに贈ったネックレスを何故か付けている。


ルチェットから無理やり奪ったのだろう。


だからこそ、俺はこの女を許さない。


だから、話を最後まで残そうと魔道具で録音していたのが間違いだったのかもしれない。


扉の方からパタパタと足音が聞こえた。


俺は咄嗟にルチェットの名前を呼ぶ。


しかし、足音は遠ざかるばかりであり、俺は顔が歪むのが自分でも分かった。


すぐに立って走ろうとしたが、足がうまく動かない。


しかし、もたついている足に反して頭だけは冷静だった。


執務室を飛び出してルチェットを追いかける。


しかし、もう何処にも姿が無かった。


俺は仕方がないので騎士団の訓練場へと走り、カオンと数名にあの忌々しい女を捕まえるよう命じて、残りの騎士団の団員らを引き連れて、俺は街の方まで捜査する事にした。


ルチェットはそんなに足が速くないはずなのに、どうして邸内に居ないんだ?


そんな疑問もあったが、俺は一心不乱に探し続けた。


街の人への聞き込みも欠かさず行い、捜索は夕方まで続いた。


しかし、ルチェットは未だに見つかっていない。


俺はいるわけがないと思ったが、まだ誰も探していない筈の街外れの森へと向かう。


森へ着く頃には暗くなり始めていた。


俺は魔法で周囲を照らしながら周りを探す。


すると、歩き続けて数十分あたり経った所の大きな木の下に座っている人影を見つけた。


近づくと桃色の髪が俺の魔法に照らされて輝いているように見えた。


遂にルチェットを見つけた。


彼女の方を照らしてみると、驚くことに動物達が彼女を守るように囲っていた。


俺はルチェットに近づこうとしたが、動物達が立ちはだかって阻止する。


「頼む、通してくれないか?ルチェットは俺の、俺の大切な人なんだ。」


俺の切実に願う思いが伝わったのか、動物達は道を作るように並び直して俺を見た。


動物達に感謝を述べてからルチェットに駆け寄って、怪我がないか確認しようとした。


「この傷は…」


首元に引っ掻かれたような傷があり、額には血の跡があった。


しかし、傷は殆ど治りかけている不思議な状態だ。


ルチェットは気を失って眠っている。


俺はルチェットを抱き上げて、動物達に再度感謝を伝え森を去った。


公爵邸に戻ると、すぐに医者を呼ぶようにメイドに伝え、俺はルチェットを部屋まで連れていき、ふかふかのベッドに寝かせる。


ルチェットの呼吸は浅く、顔色も悪かった。


きっと血液の不足からだろう。


なんて悲惨な姿なんだ。


「ルチェット、目を覚ましてくれ…」


俺がどんなに願っても、ルチェットは目を覚ましてはくれなかった。


何時間か経って、俺がベッドの縁でただルチェットの無事を祈っていると、ようやく医者がやって来た。


「公爵様、失礼します。夫人を診せていただけますか?」


「…………頼む。」


医者はルチェットの胸元のボタンを開けていく。


すると、俺は信じられない光景を見た。


ルチェットの体は痣はないものの傷跡だらけだった。


それも、火傷の跡や切られた跡など様々だった。


「アンタは、今までこれを隠したかったんだな。」


ルチェットのアルベレア家での境遇は大体予想できる。


俺は医者にそのまま診察を進めるように促してから、部屋にある椅子に座る。


医者が診察している間、俺は気が気でなかった。


ようやく診察と手当てが終わると、医者は神妙な顔つきで俺の前に立つ。


「…一命はとりとめております。が、起きてこられないのは何かしら夫人が大きなショックを受けた為だと思われます。」


「ショック…」


きっと、ルチェットが自分から話すべきだったあの話を、妹に話されて俺に伝わってしまったからだろう。


俺はたとえどんな人生を生きてきていても、ルチェットを嫌いになったりなんかしないのに。


だがルチェットはそうではない。


裏切られたと感じ、きっと俺の事も嫌いになっただろう。


俺は医者にお礼を言って帰らせた。


そしてルチェットを見た。


彼女は綺麗な顔で眠っていて、すぐに目を覚ますのではないかと錯覚しそうになる。


普通に寝ているだけだと感じてしまう。


出来ることならそれが現実になってほしい。


しかし、現実は非情だ。


いつもそうだ。


俺がぐるぐると考えを巡らせていると、ルチェットの妹…エレンと言ったか。


エレンを捕らえることができたのか、カオンが部屋に入ってきて俺に報告をした。


エレンは父親と共にルチェットを自身の快楽の為に痛めつけていたらしく、父親もルチェットの恐怖の対象だったことを知った。


後で絶対に罰を下す。


俺はルチェットがいつ起きるか分からない為、ずっと見守っていようとした。


だが、カオンが俺を心配しているのか、ちゃんと自分の部屋で休むべきだと言ってきた。


あまりにも煩く言ってくる為、仕方なく俺は部屋から離れることにした。


________



ルチェットが目覚めないまま、数日の間俺は仕事に打ち込んでばかりだった。


何かしていないとおかしくなりそうだからだ。


今日も同じように仕事をこなしていると、執務室の扉がノックされて一人のメイドが入ってきた。


ルチェットの専属メイドだ。


「公爵様、そろそろ休憩してはいかがですか?ルチェット様の様子を見たり…」


「…そうか、そうだな。」


俺は思ったより疲れていたらしく、言われると疲労が一気に押し寄せてきた。


それでも、俺はルチェットの元へ向かう。


部屋に入ってルチェットの顔を確認する。


相変わらず眠ったままだった。


「ルチェット、俺の話をしてあげようか。」


俺が育ってきた経緯や、愛さないと言った理由。


そして、君を好きになってから知ったこのもどかしい想い。


君に全てを知ってほしい。


俺はポツリポツリと自分自身を一から思い出しては話す。


俺は生まれてからすぐに母上が死に、新しい母上が来た。


俺は三歳になって弟のロアンが生まれ幸せでいっぱいだった。


しかし、父上は俺を人間兵器として育てようとしていた。


それは、魔法が使えると判明してからのことだった。


毎日長時間厳しい訓練を行い、上手く出来なければ食事を抜かれたりもした。


だから俺は毎日全力で訓練をしていた。


成長して七歳になると、俺は戦場に駆り出された。


魔法を使い敵を圧倒し、俺は血にまみれながらも誇らしく帰ってきた。


戦場でできた友人と一緒に訓練をしたり、楽しい日々だった。


しかし、ある戦いでその友人が襲いかかってきた。


彼は敵のスパイだったらしく、今まで仲良くしていたのは嘘だった、と斬り掛かってきた。


俺はそんな裏切りに耐えられなかった。


正気を失い、気がついた時には周りに死体が沢山あって、俺はその倒れた人々の血で赤く染まっていた。


戦いが終わると、俺は今までと今回の功績から公爵という爵位を授かった。


周りからは残虐公爵と囁かれて、いつしかそれが俺を示す名になった。


だが、俺の心は満たされなかった。


訓練をしても、父上に褒められても、何も感じない。


結局の所、俺も一人の人間でしかなかった。


裏切りの悲しみを乗り越えられず、俺はいつしか人を避けるようになった。


誰もいらないと本気で思っていた。


そのまま育ってきたある日のこと、ルチェットが来たんだ。


ルチェットは初対面の時も怪我をしていたな。


正直、君の事は最初何とも思っていなかった。


予想外の行動をしたりするのが面白く感じて、玩具感覚でそばに置こうと考えたりもした。


しかし、君に初めて触れたあの日から、俺はおかしくなってしまった。


ある意味、人間的な部分を取り戻したと言ってもいいだろう。


アンタに出会ってから、俺の人生は色を取り戻したんだ。


なぁ、そろそろ起きてくれないか?


俺はふと自分の頬を触る。


頬は何故か濡れていて、泣いているのだと理解するのに時間がかかった。


俺はルチェットを再び見やる。


体が勝手に動く。


気づくと、俺はルチェットにキスをしていた。


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