その男、魔弾の。

きさらぎ

第1話

――開放する!


 俺は、全身の魔力を右手に集中させた。



「《魔弾(マギア)》!」



 叫ぶと同時に、手のひらから放たれた莫大な魔力が弾丸となって空間を裂く。

 それはただの攻撃魔術と呼ぶには、あまりに桁外れだった。



――破壊そのもの。



 空気を震わせ、地面を引き裂きながら疾走する圧倒的な魔力が、すべてを貫くような轟音を響かせながら、一直線にメフィストへ迫っていった。


 周囲の温度が一気に上昇し、空気すら焦げたような匂いが鼻を突く。


 その軌跡はまるで神の雷が地上を貫くかのようだった。



「――ッ!!」



 メフィストの姿は、爆発的な閃光の中に飲み込まれていった。


 《魔弾(マギア)》が通過した地面は、大きく削り取られ深い溝が刻まれていた。


 大地を引き裂いた《魔弾(マギア)》の軌跡は果てしなく遠くまで続き、見える限りの景色を変えていた。


 はるか遠くの岩山の一部がごっそりと削ぎ落とされ、巨大な裂け目を晒している。

 その破壊の軌跡が、俺の放った魔弾の威力を如実に物語っていた。


 濛々(もうもう)と立ち上る煙と砂塵の中、俺たちは戦場を見つめていた。


――これで、終わったか?







 俺が盗賊団に拾われたのは、もう10年前か……。

 団長の話だと、その時の俺はだいたい5歳か6歳くらいに見えたらしい。


 冷たい風が吹き荒れる荒野を、俺はぼんやりと歩いていた。

 

 裸足の足裏は砂利と乾いた土で傷だらけになり、喉はひび割れたように渇いていたのを覚えてる。


 倒れそうなほどの疲労が全身に広がり、意識が朦朧(もうろう)としていた。

 自分がどこから来たのかも、自分が誰なのかもわからない。


 生き延びる術も知らず、何も考える余裕もなく、ただ歩き続けるしかなかった。

 やがて意識が薄れ、膝をつこうとしたその時——



「戦争孤児か? ……ふん、運のいいガキだな。生きたきゃついてこい」



 俺を助けたのは、義賊『バッドラック』の団長、ガレオだった。

 それから10年、俺は盗賊として生きてきた。


 悪党どもから盗み、弱き者に施す。

 それが『バッドラック』の流儀だ。


 剣術、潜入技術、巧みな話術――生き抜くために必要なことは何でも学んだ。

 どれもそつなくこなせた俺だったが、その中でも異質な能力がある。



 ――強大な魔力だ。



 入団してすぐの頃、まずは剣の扱いを習い始めるのと同時に、魔術も習うことになった。


 手始めに、基礎の攻撃魔術である《魔弾(マギア)》を覚えさせられた。

 《魔弾(マギア)》は体内にある魔力を体外に放出して攻撃する最も簡単な魔術だ。



「熱いのが右手に集まってきただろ? で、そのままドーン!っと撃って――」



 言われた通りに力を込めると、その一撃で空が裂けた。


 轟音が辺りに響き渡り、大気が揺れる。

 衝撃波が地面を抉り、土煙が舞い上がった。


 念のため、空に向かって撃たせた団員の判断は正解だった。

 撃つ方向が違えば、盗賊団は全滅していただろうから……。



「おいおい、なんだ今の……このガキ、とんでもねぇ魔力を持ってやがる」



 団の仲間は驚愕していたが、俺自身が一番驚いていた。

 こんな力、怖くて使えない。


 制御しようにも、盗賊団には攻撃魔術に秀でた団員はいないから教えてもらうこともできなかった。


 何度か1人で試そうとしたが、《魔弾(マギア)》が暴走しそうな恐怖がつきまとった。

 もし制御を誤れば、仲間すら巻き込んでしまう。


 ある日、そんな俺に団の幻影術を得意とする先輩、カイルが声をかけてきた。



「魔力はあるのに、それを持て余してるんだって? だったら盗賊らしく幻影術を覚えてみたらどうだ?」



 カイルが何やら唱えると、カイルの姿がぼやけ、影のように周囲へ溶け込んでいくのを見せてくれた。



「攻撃系みたいに暴走することもないし、敵を翻弄できる。お前みたいに身軽で頭の回る奴なら、うまく使いこなせるはずだ」



 俺は存在が薄くなったカイルをじっと見つめた。

 確かに、この幻影術なら無駄に破壊することもないし、戦闘を避けることもできる。


——これなら、俺にもできるかもしれない。

 

 俺は幻影術を必死に練習した。


 幻影術は、戦わずに状況を有利にできる力だった。

 相手を欺き、混乱させ、戦闘すら回避できる。


 強大な力で相手を倒すことより、生き残る技術を身につける方が賢明だ。

 『無駄な殺しはしない』のがこの盗賊団の掟だが、それとも相性が良い。



 こうして幻影術は、盗賊としての最大の武器となった。







 木々の葉が風に揺れ、月明かりがぼんやりと地面を照らしている。

 盗賊団『バッドラック』の拠点である隠れ家の広間には、すでに8人の団員が集まっていた。



「全員揃ったな」



 団長のガレオが腕を組みながら前に立ち、場の空気を引き締めるように言った。

 普段は豪快に笑うことの多い男だが、今日は表情が硬い。


 何かよほどの案件なのだろう。


 今回の標的は、奴隷商『イグナード』。


 ——ついに来たか。


 団員たちが一斉にざわつく。


 奴隷制度は一定の法と規律に基づいて認められている。犯罪者や多額の借金を抱えた者など、法に定められた条件に該当する場合のみ、奴隷としての取引が許されている。


 しかし、すべての奴隷商がその枠に収まっているわけではない。中には、法の目をかいくぐり、無実の人々や行き場のない者たちを狙って連れ去り、不当に売り捌く者も存在する。


 イグナードは、まさにそのような行いを平然と繰り返す男だった。


 裏社会でも悪名高く、その冷酷さと非道さで知られている。俺も何度か耳にしていた。


 貴族の庇護(ひご)を受け、法の目をかいくぐる狡猾(こうかつ)な男。

 表向きは合法な奴隷取引をしているように見せかけ、その実態は人攫い(さらい)そのもの。


 こんな奴がのさばっていること自体が許せないが、貴族の後ろ盾があるせいで手が出せる者は限られていた。


 いずれ俺たちが動く日が来るとは思っていた。

 むしろ遅すぎたくらいだ。


「普通の奴隷商なら、俺たちが口を出すことはねぇ。犯罪者や借金のかたに売られた連中を扱うのは、この腐った世の中じゃ珍しくもない。だが——」


 ガレオは視線を鋭くし、声を低めた。


「こいつはクズだ。村や街に夜襲をかけ、無実の人間をさらって奴隷にしてる。家族を引き裂き、抵抗する者は見せしめに処刑。子供だろうが女だろうが関係ねぇ。売れそうなやつは高値で競りにかけ、気に入られなければ地獄のような労役場送りだ」


 怒りを抑え込むように拳を握りしめるガレオの姿に、団員たちの間から低い唸り声が漏れる。


「しかも、ただの奴隷商じゃねぇ。裏で貴族と繋がってる。普通のルートじゃ手出しできねぇようにしてやがる」


「……で、俺たちの出番ってわけだな?」


 俺はニヤリと笑いながら言った。

 周囲からも同意するような頷きがいくつも見える。


「その通りだ、リヒャルト。俺たちのやり方でヤツの屋敷に潜入し、稼いだ金と一緒に攫われた奴隷を解放する」


「奴隷は何人くらいいるんだ?」


「奴は高級志向だから奴隷の人数は多くない。事前の調べによりゃ……10から20人ってとこだ。逃走ルートを確保すりゃあっという間だ」



 そう言いながらガレオが広げた地図の上には、大きな屋敷の構造が描かれていた。



「警備は厳重だ。正面から突っ込めば、まず間違いなく潰される。だが、ここ——」



 ガレオが指を置いたのは、屋敷の裏手、地下へと続く搬入口だった。



「ここを使えば、内部へ潜入できる可能性が高い。だが、問題はその先だ」



 ガレオの言葉に、団員たちの視線が集まる。



「イグナードの屋敷には、ただの傭兵じゃない何かがいるらしい。詳しい情報はねぇが、捕らえた奴隷の一部が『怪物』として使われているって話もある」


「怪物って……どういう意味です?」



 団員の一人が疑問を口にした。

 声には戸惑いと警戒がに滲(にじ)んでいる。



「はっきりしたことは分からねぇ。だが、連中の取引先にヤバイ魔術師や闇商人がいるって話もある。何かしらの改造や実験が行われてる可能性は高い」



 ガレオが答え、団員たちは顔を見合わせる。

 不穏な情報に場がざわつく。



「……要するに、潜入するなら慎重にってことだな?」



 俺は腕を組みながら言った。

 潜入は得意だが、相手が未知の存在となると慎重に動く必要がある。



「その通り。今回もお前が頼りだ、リヒャルト」



 ガレオが俺を見据え、口元に薄く笑みを浮かべた。



「お前の幻影魔法と身のこなしがあれば、敵に気付かれずに屋敷の奥まで行けるはずだ。怪物に関しては無理して戦わなくてもいい」


「はぁ……今回もスリルがあって楽しめそうだな」



 俺は肩をすくめながら、笑みを返した。



「よし、今夜決行する。テメェら準備を整えておけ!」



 ガレオの言葉を最後に、団員たちはそれぞれの役割を確認し、散っていった。

 俺も腰の双剣を確かめながら、夜の闇へと溶け込む準備を始める。


 ——獲物は、悪徳奴隷商。俺たちに目を付けられてタダで済むと思うなよ





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