しごできメイドさんが神の手-ゴッドハンド-すぎた

@sake-to-mirin

#0 【しごできメイド、抜擢される】

山と森に囲まれた ルフレイラ王国のノルディア侯領。

豊富な自然が与えてくれる木材や鉱石の交易で潤う地方領地である。

高台にある石造りのヴァルクライネン家の屋敷は今日もひとりのメイドが去っていく。



「……お世話になりました」



女は深々と頭を下げる。



「行く宛はあるの?」

「叔父の仕事先で雇ってもらえるか聞いてみるつもりです…」



メイドだった女は屋敷を去る。

ふらふらしていて、思わず呼び止めたくなるような背中をただ、見送る。


残された、取っつきにくい雰囲気だが栗色の髪が似合う美人のメイド長・ミラと、家令の白髪交じりの初老・アルベルトは溜息をつく。



「なんてことなの…。またひとり、暇を出されてしまうなんて……」

「ヨウラ様の気移りには困ってしまいますな」



怒りと悲しさ、どちらもを含んだ表情になるミラ。

屋敷を去ったメイドは今月で4人目になるのだ。


――


屋敷の若き主、ヨウラ・ヴァルクライネン。


既に亡くなっている先代当主であり、ヨウラの父親であるフラン・ヴァルクライネン譲りの金に近い茶色の髪に、彼が愛したヨウラの母親である、マレーナ・ヴァルクライネンに似た目元は人懐っこく、他者を惹きつける才能のある青年である。

彼は、優れた交易の手腕を持つものの、女性関係が奔放なことで有名な人物であり、そんな長所を仕事にも女性関係にも生かし、計算高く、器用に、それはそれは逞しく、上手に生きている人間である。


ミラが何か言いたげだが、アルベルトがそっと続ける。



「先代ご主人が亡くなられて早数年。22歳のヨウラ様がほとんどお一人で家業を取り仕切っておられますから。心身のご負担のことも考えるとあまり……強くは申し上げられない部分もあるといいますか……」

「それにしたって……、短期間でこんなに使用人を辞めさせられたらたまったものではありませんわ!」



大きな声では言えませんけど、とミラ。



「……何か、ヨウラ様を精神的に支えられる人方が、見つかればよいのですが……」



幼いころからのヨウラを知る、数少ない人物であるアルベルト。

彼の声に滲んだのは諦めか、それとも――。



――ヴァルクライネン邸、執務室。



いつも通り、執務室の椅子でふんぞり返る、笑顔の裏になにかを隠しているような青年、現当主・ヨウラと、メイド長・ミラが話し合っている。



「今朝方、ヨウラ様の専属メイドを務めておりましたニナが屋敷を去りました」

「んー。そっかそっか。見送りありがとねー」



ヨウラは笑顔で軽くそう答える。 罪悪感などまるでない。

邪魔になったから片付けたような調子だ。



「あの子、なんかちょっと違くてさ。楽しかったの最初のうちだけ。」

「……左様でございますか」

「そんでさ、専属メイドいなくなっちゃったから、また誰か欲しいんだけど?」



今度もかわいい子がいいなー、と人懐っこい笑顔で言うヨウラ。

内心、クソワガママ当主が、と思いつつもミラは手にしていた使用人名簿を広げる。


過去に似たような理由で何人も、気に入らなかったメイドにはヨウラが容赦なく暇を出し、屋敷のメイドはすっかり数が減り、選ぶというよりは消去法で誰にするか、という状態である。



「……ミカエラ……、は気が強いし、……セシリアは無口……、テアは顔かわいいけどすぐ泣くからめんどくさいしなぁ……。」

「ご決断に悩まれるようでしたら、アルベルト様を」

「やだー!おっさんじゃなくて女の子がいいー!なんならかわいい系!」



ぶつぶつ良いながら品定めをするヨウラ。

明らかに表面的な部分しか評価していないように見える。

が、裏の顔は「悪魔」で有名なのがこの人間だ。


自分や家の利益にならない、と感じたものは搾れるだけ搾り取ってから断ち切る。

商売でも使用人でも、彼のスタンスは変わることがない。


一体何を含んでいるのか。

そう思うとミラの中に緊張感が走る。

ミラはそっと、だが的確に口を出す。



「ヨウラ様。差し出がましいようですが、専属メイドは次男様のクロム様にもお仕えいたしますので、人選は慎重なほうがよろしいかと」

「わかってるわかってる。俺だけの趣味で選ぶなって話でしょー。」


――


ヨウラの弟にして屋敷の次男・クロム・ヴァルクライネン。


唯一の血を分けた兄弟であり、現在はヨウラの補佐役を務める20歳の青年だ。

ヨウラに匹敵する交渉術と圧倒的な剣術の腕を持つ、先代当主譲りの切れ長の目と、母親の青に近い黒髪を受け継いでいる。


遊び人気質のヨウラとは真逆で、背丈は平均的なヨウラより10㎝ほど高く、寡黙でクールな性格をしており、使用人は顔がどうこうというより、与えた仕事をきちんとしてくれる人材を欲している。


よほど不真面目だったり、仕事のできない者でない限り、クロムから文句が上がることはまずない。

つまり、口では「ちゃんとした人を選ぶ」としつつも、ヨウラはニナの時と同じく、下心でいっぱいであった。



「あ、この子」



ヨウラが目を止めたのは、「ユリエル」という名のメイド。


この辺りでは目立つ銀髪の女の子だったからよく覚えている。

入って半年ほどの新米メイドで年は19歳。

ぱっちりとした薄紫の瞳の、可愛い顔をした子のはずだ。

仕事は丁寧らしく、気立ても良くて評判も上々。


が、少し抜けているところもあり、この前何枚か皿を割ったようだったが、基本的には人の言うことを聞き、真面目に一生懸命働くいい子だ、と他のメイドが話しているのを聞いた。


よっしゃ、合格。


そもそも誰を据えたところで同じなのだ。

綺麗な取引からそうじゃないものまで、仕事は多岐にわたる。

汚れに汚れた自分より、さらに下の存在が欲しい。ただ、それだけだ。


それに、ユリエルの評判を聞くに、クロムから小言を言われることもないだろう、とヨウラは名簿を閉じてミラに向き合う。



「決めた。ユリエルこっちに回してくんない?」

「!ユウを、ですか!?」

「ユウ?」

「ユウ……いえ、ユリエルが故郷ではそう呼ばれていたそうで、使用人の間ではそう呼んでおります」



ミラの表情が明らかに曇る。

まさかまだまだ新米のユウが選ばれるとは予想していなかったのだ。



「へー、かわいいじゃん。ユウ、ね。ますます期待できるな!」

「ヨウラ様、ユウはまだ入って半年ほどの新米メイドで、その、」

「いいっていいって。しばらく一緒に居てみないとわかんないしさ!」



それをやられて「思ってたんと違う」をまたやられるとこっちが困るんですが、と思いつつもミラは「……承知いたしました」と頭を下げる。



「俺、今から外出て、クロムの手伝いいってくるよ。夕方には戻るからさ。そこから仕事開始できるように段取りしといてー」



ヨウラは立ち上がり、頭を下げるミラの隣をするり、と抜けるように自室のドアへと歩く。



「あぁ、それからさ。……あれもこれも、ぜーんぶお世話になるからよろしくって伝えといてよ」



ヨウラはそう言い残して、軽やかに部屋を出て行った。



(あれもこれも、って……ニナと同じことをユウでも繰り返すのね、この人は……!)



ミラのこめかみに、冷や汗がにじむ。



――



ミラは広い屋敷の中を歩いてユウを探す。

ユウは先輩メイドのミカエラと共に、屋敷で出る大量の洗濯ものを畳んでいる最中だった。



「ユウ、ちょっと話があるのだけれど」

「はい!ミラ様!」



洗濯ものから顔を上げるユウ。

ミラはとあることに気付く。



「洗濯、もう終わりそうなの?結構な量だったと思うのだけど……」

「ミラ様。ユウのおかげでここまで仕事が進んでるんですよ」



気の強いミカエラが人を褒めるのは珍しい。

ミラは「まぁ……」と驚く。



「は、はい!ミカエラさんと頑張ってました!このあと、朝言われていたお茶の準備と、ベッドメイキングに向かう予定です!終わるのは、……えっと、お夕食の準備が始まる少し前には!」



ユウは遅くなってすみません!と話すものの、他のメイドの半分程度の所要時間を提示され、見通しも立てており、かといって雑にしている様子はない。

むしろものすごく丁寧に、なおかつ手早く仕上げているのが見て取れる。


ミラはユウの丁寧な仕事ぶりを、ここ数か月で心底感心していたのだ。


ヨウラの気まぐれでどんどん人手が減っていく中、ユウの仕事ぶりにはものすごく助けられていた自覚もある。

ミラは(こんなに呑み込みが早い子を、あんなバカ当主……いやいや、ヨウラ様に取られてしまうなんて……!)と内心思っていた。



「ヨウラ様からのご命令よ。あなた、今日の夕方からヨウラ様とクロム様の専属メイドとしてお仕えすることが決まったの」

「……へ!?」

「ミラ様、ユウがですか!?」



専属メイド。



それは並大抵の努力では得ることのできない立場のはず。

ぺーぺーの自分がそんな重要な立場になるだなんて、とユウは嬉しさよりも混乱が勝っている。



「わ、私がですか!?なんで、どうしてです!?この前、お皿割ってるのに!」

「ミラ様、もしかしてヨウラ様、次はユウを!?」



まさかド直球に「色ボケ当主による厳正な選考を経た上での顔採用」とは言えないミラ。

「まあ、その……白羽の矢が立ったのよ」と誤魔化す。

ミカエラは予想がついているようで、「なんてことなの…!」と言いたげな目でユウを見ている。



「残った仕事は別の人に任せるから、これから専属メイドの仕事の引継ぎをアルベルト様と行います。準備を。」

「は、はいっ!がんばります!」

「……すごく大切な話もするから、よく聞きなさいね。ミカエラ、ここはいったん任せてもいいかしら?」

「待って、待ってください!」


ミラに連れられて立ち去ろうとするユウに、ミカエラが飛びつく。


「ユウ!」


ミカエラがユウの手を取る。

その目はいまにも泣きそうに潤み、ミカエラがユウの手を離したくないというのがミラにも伝わってくる。


「いい?何があっても希望を捨てちゃダメ。約束してくれる?」

「えっと、はい!私、がんばります!」 



一体、これから何が起こるのか。



まだだれもしらない。

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