ファクト&エモーション~互いの記録を付ける新聞部の少女達の話~

月待ルフラン【第1回Nola原作大賞】

【プロローグ】記録される者、記録する者

プロローグ

二つの部屋で、二つの秘密が育まれていた。

同じ月の光が、二人の少女の窓を平等に濡らしている。


ひとつめの部屋。

そこは、規律と静寂に支配された寮の一室。

ミニマルな空間で、銀縁の眼鏡をかけた少女――橘環は、床に膝をついていた。ベッドの下から引きずり出した箱の中には、おびただしい数の紙片。そのすべてが、一人の後輩が書いた記事のコピーと、走り書きのメモだ。

指先が、奔放に躍る文字のインクをなぞる。

『感情の奔流』『論理の欠落』『だが、なぜ心を掴む?』

カリカリ、と万年筆がノートブックに緻密な分析を刻んでいく音だけが、部屋の静寂を震わせる。

まるで獲物を解剖する学者のように、冷徹に。

あるいは、初めて手にした恋文の文字を、その意味がなくなるまで繰り返し読む少女のように、微かな熱を帯びて。

彼女はその記録に『取材ノート case:Mizuno Shizuku』と名付けた。


ふたつめの部屋。

そこは、脱ぎ捨てられた服とガジェットに埋もれた自宅の一室。

ベッドに身を投げ出した少女――水野雫は、世界から隔絶されるようにヘッドホンをしていた。

閉じられた瞼の裏で、彼女は何を見ているのか。PCのモニターには、音声編集ソフトの波形が青い光を放っている。

その波形の一部だけが、何度も、何度も、繰り返し再生されていた。


『――よって、この記事の信憑性は低いと判断する』


ヘッドホンから漏れ聞こえるのは、低く、凛とした、どこまでも真っ直ぐな声。

彼女はその声に、恍惚と身を委ねていた。指先が、再生ボタンをクリックするたびに小さく震える。甘い吐息が、部屋の空気に溶けていく。

まるで愛しい音楽に魂を捧げる信者のように、純粋に。

あるいは、遠い誰かの心音を、その鼓動が自分に乗り移るまで聴き続ける異邦人のように、倒錯的な渇きを覚えて。

彼女はその記録を『橘環の声(Voice)』という名のフォルダに保存した。


完璧主義の新聞部長、橘環。

天才肌の自由人、水野雫。


彼女たちはまだ、互いが互いの『記録』に溺れていることを知らない。

その視線が、その耳が、相手を捉えて離さない監視者(オーディエンス)であり、記録者(レコーダー)であることを、まだ知らない。

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