モブの俺が推しカプを見守ってたら、ヒロイン全員に惚れられた

赤いシャボン玉

第1話

 ――俺の高校生活は、平凡そのものだ。


 成績は中の下、運動神経は並以下。

 友達はクラスに数人。部活は幽霊部員。

 放課後は早足で帰って、アニメと動画と二次創作。

 自他ともに認める「地味な一般人」、それが俺、**桐島拓人(きりしま たくと)**だ。


 だけど、俺には──

 誰にも負けない“推し”がいる。


 それが、

 学園の女神・姫坂ほのか

 ×

 完璧超人・一ノ瀬 蓮

 という、夢のような“カップリング”だ。


 この二人が同じクラスになった日から、俺の人生は変わった。


 朝の登校で偶然並んで歩く姿。

 昼休みに一緒に食べる弁当。

 掃除当番で、手が触れて目を逸らす仕草。


 すべてが……尊いッ!!!!!


「あぁっ……これはもう、完璧なまでの“尊死”だ……!」


 とある昼休み。

 俺は自席からこっそり、ほのかと一ノ瀬が並んで話しているのを見て、

 机の下でこっそりノートを開いた。


 そこには、俺の魂の結晶──

『推しカプ観察日記』

 が書き綴られている。


〈6月4日・昼休み〉

 姫坂さんが一ノ瀬くんの飲みかけのペットボトルを間違えて飲んだ。

 彼は照れ笑いしながら「気にしないで」と。

 →ここ、自然なラブコメテンプレ!最高か?


〈6月5日・放課後〉

 一ノ瀬くんが傘を忘れた姫坂さんに、自分の傘を貸して走って帰った。

 →優男すぎて惚れる。姫坂さんの「ありがと…」が破壊力抜群。


 そんな風に、

 俺は“モブ”の立場から、静かに、誰にも気づかれず、

 この学園最強カップルを見守ってきた。


 ……見守るだけの、つもりだった。


 その日、事件は起きた。


 放課後。図書室でレポート用の資料を探していた俺は、

 誰もいない奥の閲覧スペースで、偶然、彼女たちの会話を聞いてしまった。


「蓮くん、今日もありがとう。……でも、もう限界かも」


「無理しないでいい。俺たちの“契約”はここまででいいと思う」


 契約──?


 何の話だ?推しカプに契約なんて必要あるのか?


 息を潜め、棚の陰に隠れていた俺の耳に、さらなる衝撃が届く。


「私たち、付き合ってる“フリ”してただけなんだもんね。生徒会からの依頼で」


 ……え?


「“学園の理想カップル”がいた方が、学内の治安や風紀が安定する。そんなアホな理由でカップルのふりしてただけなんだから」


 頭が真っ白になった。


 推しカプじゃなかったのか……?

 俺が毎日見て、尊みで命削って、推し活してきたあの尊い瞬間の数々が、

 すべて“演技”だったっていうのか?


「ごめんね、蓮くん。私……もう、続けられない」


「俺も。そろそろ、終わりにしよう」


 ……推しカプ、解散のお知らせ。


 ガタッ、と小さな物音を立ててしまった俺に、

 ほのかの目線がピクリと動いた。


 ――しまった。


「……誰か、いるの?」


(やばい!!!)


 急いで逃げようとした瞬間、

 俺は足を滑らせて、派手に転んだ。


 ドサッ――!


「……桐島くん?」


 静まり返った図書室に響く、姫坂ほのかの声。

 そして、彼女の足音がこちらへと近づいてきた。


 その目は、どこか不安げで、少し――怯えていた。


「今の……聞いてたの?」


 俺は、黙って頷いた。


 もう、何も言い訳なんてできなかった。


 だけど――その日を境に、

 俺の学園生活は“モブ”じゃいられなくなった。


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