悪役やるならこんな風に

リボン会長

プロローグ

「不老不死と異世界転生ならどっち?」




 チャイコフスキーの音楽をイヤホンで聴きながら信号を待つ中、ふと先程まで遊んでいた友人との会話を思い出す。


「異世界転生の条件は?」


 私は反射的に聞き返す。


「え、え~と」

「絶対にチート能力が貰えるのか、能力も身分も何もかもランダムなのか、前提条件がないと考えられないよ」


 頭の中で色々なパターンを想像して不老不死と比較していく。


「ランダム!」

「なら、農民とか、最悪罪人の子孫もあるのか」


 私は真剣に悩む。不老不死は、家族友人みなが先に亡くなって知り合いがいなくなってしまうことが容易に想像できる。漫画などで長寿の種族が「寂しい」と言うセリフを何百回と見た。

 が、よくよく考えると異世界転生も異世界に1人で飛んでいるのだから知り合いはいなくなるな。


「うん、なら不老不死選ぼうかな。今の人生楽しいし、割と満足」

「あは!私も楽しい~」


 実際、充実してると表現して間違いない。荷物がたくさん入ったトートバックを肩にかけ直しながら思う。

 稽古着、着替え、タオル、ヘアセット用品、嵩張るものばかりで毎度何とかならないかと思いながらも、これらがその「充実」に必要なため頑張って持つ。


 それはさておき、思い出してしまうとまた不老不死か異世界転生か、考えだしてしまう。


「しまった、不老不死側の前提条件聞いてなかった」


 地球にも寿命があるって何かの本で読んだ。地球と共に滅べるのかな?それとも宇宙空間に投げ出され、不死のパワーで延々と体が修復されて苦しみ続けるのかな?

 エグい。

 スマホを取り出し友人とのトーク画面を開く。

 視界の端で歩行者用信号が青に変わった。


「『不老不死を選んだ場合は、地球が滅ぶときに一緒に滅ぶの?』」


 チャットを入力しながらゆっくり歩き出す。

 横断歩道の真ん中に差し掛かろうとした時、全身が強い衝撃に襲われた。


 もしかして異世界転生の方がマシだったのかな?


 頭が追いついていない。まだ不老不死か異世界転生のことを考えている。

 驚いて目を剥いているトラック運転手の顔が面白い。

 体が飛んでいく。

 着地は受け身なんて取れずアスファルトで擦りおろされる。視界はぐわんぐわん揺れる。


 あ、はねられた。


 ようやく現状を理解したが声が出ない。指先すら動かせない。

 スマホの画面が通知音と共に光った。きっと友人からの返信だ。

 だが助けを呼ぶことすらできないこの体では、返信を読むことができない。


「はぁ」


 息を吐くのも疲れる。

 ゆっくりと瞼が下がっていく。

 来週末舞台なのに、怪我の治療、間に合うかな。

 ここで意識が途切れる。






 23歳女性バレエダンサーの死亡事故が、ネットニュースでバズることはなかった。

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