Thread 06|今、あなたは何階にいますか?:居場所

気づいたら、エレベーターに乗っていた。

呼んだ覚えも、乗り込んだ記憶もない。

ドアが閉まり、ゆっくりと上昇していく。

……9階……11階。

そして、一度止まった。

ディスプレイに、見慣れない数字が浮かぶ。

「13」

思わず後ずさろうとするが、体が動かない。


ドアが、音もなくスライドしていく。

暗い、無音のフロア。

古いコピー機のうなり音だけが、どこか遠くから聞こえる。

無意識に足が、その中へと進んでいく。


あの時と同じ空気、同じ匂い。

でもなぜか、少しだけ色がついていた。

ほんのりと蛍光灯が点き、誰かの足音のような気配があった。

――変わった?

何かが、少しだけ“現実に近づいて”いる。

誰もいないはずのフロアで、誰かが背後から声をかけた。


「……落としましたよ」

振り向くと、

無表情な守衛が、IDカードを差し出していた。

手に取ったそれを見た瞬間、凍りつく。

名前が、違う。

顔も、少しだけ違う。

写真は、確かに自分に似ている。

けれど、どこか表情が乏しく、目の奥が空っぽだった。

「……これ、俺じゃないですよね?」

問いかけに、守衛は何も答えず、

ただ背を向けて歩き去っていった。


* * *


その後のことは、よく覚えていない。

気づけば、いつものオフィスに戻っていた。

誰もが自然に俺の存在を受け入れている。

目が合う。名前を呼ばれる。話しかけられる。

「おつかれー、佐野くん」

返事をしようとして、止まった。

……今、なんて呼ばれた?

ふと、自分のIDカードを見直す。

そこには、“別の名前”が書かれていた。

でも、それを不思議に思う感情は、

もうどこかへと消えていた。

「……ありがとう」

自然に口をついて出たその言葉は、

まるでようやく“居場所”をもらえた安堵だった。


* * *


その日の最終打刻の画面。

モニターには、こう表示されていた。


13階勤務:0年0ヶ月1日目


エレベーターの階数表示に目をやる。

そこには、もう“13”は存在しない。

それでも今の俺は、ちゃんと存在している。

……たぶん。

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