【BL】あなたを人生に欲しいから

実果子

第1話

ファッションを学んだとしても、プロとして成功できるのは一握りの人間だけだ。

大抵は、ファッション界に残る者もいれば、業界から離れる者もいるもの。

持って生まれたセンスや才能が必要だし、それに加えて人並み以上の努力が求められる。

さらに、運も求められるのではないか。

それは、人との出会いを意味する。

良い出会いがあることで、道が拓けることもあるだろう。




桜も散り終えた季節、自身のオフィスにあるデスクに向かい、新藤奏太は新たな服のデザイン構想を練っていた。

ファッションデザイナーになって三年の彼は、二十五歳。

新進気鋭のデザイナーとして、業界で注目を集めている。

奏太が今こうしていられるのは、運によるところもあるかもしれない。

長野出身の奏太は、都内のファッション系専門学校に進学。

授業はハードである上に、帰宅後も課題の作業を行う日々。

そんな四年間に耐え抜いた奏太。

在学中から頭角を現した彼は、有名ブランドのデザイナーである加藤豊の目に止まった。

それが、奏太のデザイナーとしての第一歩なのだ。

彼が得意とするのは、メンズライン。

『KANATA SHINDO』のオフィスは六本木にあり、店舗は青山と渋谷に2店舗展開している。

卓越したセンスを持つ奏太の生み出す服は、若者を中心に受けた。

立ち上げてからの年数は浅いが、人気ブランドの仲間入りを果たしているほどだ。

後押しをしてくれた加藤も、奏太の活躍を喜んでくれている。

そんな奏太には目標は目標があり、それを実現させるためにデザインに心血を注いでいるのである。


新作のデザインを考える間も、奏太には一つの懸念があった。

最初のうちは新鮮さもあり話題になったブランドだったが、落ち着いたのか人気が下降気味なのだ。


『どうしたらいいんだ……』


そんなことに頭を悩ませていると、奏太を補佐してくれている塩野が部屋に入ってきた。


三十五歳の彼はスラッとした長身で、クールな印象の美形だ。


奏太がブランドを立ち上げる頃に、面接にやってきたのが彼だ。


塩野はこれまでもアパレルで働いていたらしいが、奏太のことを噂に聞いていたといい、ブランドを立ち上げると聞きわざわざ退職してまで応募したのだという。


「どうしましたか?何かお悩みでも?」


塩野に問われて、奏太は彼の方に顔を向けた。


「うん……何か最近、売り上げがパッとしないような気がして……」


「まぁ、落ち着いてきたということなのでしょうが、そのうち回復するのでは」


「そうだといいんだけど……起爆剤になるのうなことはないかと思ってさ」


奏太の言葉を聞いて、塩野は少しの間考え込んだ。


「そうですね……他ではやっていない試みだと思いますが、専属モデルを1人選ぶのはいかがでしょうか」


ブランドに専属モデルを据えるというのは、奏太もあまり聞いたことがない。


モデルを一人だけ選んだとしても、どうするというのだろう。


全ての撮影やショーをその1人で賄うわけにもいかないはずだ。


塩野は奏太の懸念を理解したように口を開いた。


「もちろん、モデル一人だけでは全てを回すことはできません。しかし、専属モデルに我がブランドの広告塔になってもらうのです」


塩野によると、そのモデルには多くの活動をしてもらうことになるが、とびきりのビジュアルを備えたモデルを選べば注目度が上がるという。


「他のブランドには出ないということだよな?」


「えぇ、専属になりますので。その代わり、こちらでもそれなりの報酬は出す必要があるかと」


「そうだな……じゃあ、どうやってそのモデルを探す?モデル事務所に声をかけてみるか」


奏太の提案に、塩野は思案した上で答えた。


「五月前に、オーディションを開催してはいかがでしょうか。プロのモデル限定で」


確かに、オーディションをするのが手っ取り早いだろう。


プロならば、一から指導をする手間もかからない。


「それがいいかもな。大々的に宣伝して、一ヶ月後あたりにやろうか」


奏太の乗り気な返事に、塩野は「では、早々に準備を始めます」と言って頭を下げた。


良いモデルが見つかればいいと、奏太は期待と不安が入り交じった気持ちになった。




その後、塩野は早速オーディションの場所の選定などを始める。


彼は有能であり、仕事ぶりもスピーディーだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る