第3話

意識が途絶える直前、彼の記憶が、戻って行った。



『この花はね、チューリップ!綺麗な髪飾りでしょ!』


この髪飾り、彼女の髪飾りと同じだ……。


『チューリップにはね、告白って花言葉があるの!ロマンチックだよねぇ。他にもね、赤い薔薇も同じ花言葉をもっているんだよ!』

『そうなんだ。』



この声は、僕の声か?


・・


『ねぇ、君……』

『ひっく……グス……』


泣いている——僕は黙って、隣に座る。


『泣きたい時はね思いっきり、泣いて良いんだよ』


泣き声が、大きくなる。肩の服が濡れたけど、しょうがないよね。


・・


っ……。また急に変わった……次は……


・・・


『卒業祝いで、皆で旅行!?』

『そうだ、高校も合格したことだし、予約は済んでる。明後日出発だよ。』

『わかった。楽しみだなぁ。』


・・・


そうだ、旅行に行くことになったんだ——それでその後——


・・・・


『え、僕の事が……?』

『うん。でもね、私、引っ越すことになっちゃって……』

『じゃぁさ、また会えたらその時に——』

『うん、今度は私が、会いに行くね!』


・・・・


点が、増えていく。


・・・・・


『うーん、難しいなぁ』

『無理だよ、もう諦めようよ!』

「僕は諦めたくない。たんぽぽなら、作れるはずだよ。」

『じゃぁ、もう少しだけね。』


結局作れずに終わっちゃった。


・・・・・


僕は彼女と、本当に会っていたのか……。

記憶は、点だ。様々な場面を、ランダムに思い出していくと、いつしか、線になるんだ。


・・・・・・


『うわっ!!』

『大丈夫?』


シーソーの取り壊しが決まった。僕が落ちたせいだ。


・・・・・・


何か問題が起こるたび、少しずつ、少しずつ遊具が減っていったんだ。


・・・・・・・


『そっか、もう、あの子は——』


つい探してしまった、小学校入学式。いないとわかっていても、探してしまう。


・・・・・・・


小学1年の時にクラスにうまく馴染めなかったのか。だからあんなに文庫本が家にあったのか……。


・・・・・・・・


『お疲れ様。今日はもう寝なさい。』

『そうだね。明日は受験だ……体調管理を万全に整えないと。』


・・・・・・・・


高校受験の時はとにかく頑張ったなぁ。


・・・・・・・・・


『逃げて!』

『え?』

『危ない!』


目の前が、暗くなり、液体が腕に落ちてくる。


『父さん……?』


父さんは、落ちてきた看板が頭に当たって……僕を、守るために……


『うわぁぁぁ!!!』



僕の意識は、そこで途絶えた。


・・・・・・・・・


……僕のせいだ、僕が気づかないから、僕のせいで、父さんは……。どうして、気づかなかったんだろう。父親らしき人が現れないことに。


父さん……。


僕がちゃんと周りをみてなかったから……僕が、僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕がぼ





・・・



彼が意識を失ってから、もう1週間も経った。規則正しい音が鳴り響く部屋。窓際とベッドの横に花瓶が置いてある。今日は窓際の花瓶にはラベンダーが。私が飾っている。

ベッドの横の花瓶には、何もない。ただ空っぽの花瓶が置いてある。私じゃない、誰かが置いていった、空っぽの花瓶。おそらく肉親が置いて行ったものだろう。私は毎日花を変えている。一輪だけだけど、毎日。


「ねぇ、まだ起きないの?起きて……起きてよ。」


何が起きたのかは、彼の母親に聞いた。親を失った痛みは、私にはわからない。相当辛かっただろう。それで記憶を封印してしまったのだろうか。自分の心を守るために——。


「いつまで待てば良いの?……私、貴女とまた話したいよ。だから——」



——それからも彼は眠り続けた。私は毎日彼の元に足を運び、毎日花を飾る。青い薔薇、ワサビの花、赤いポピーにピンクのポピー、そしてアイリス……様々な花を添えた。しかし、私の願いは叶わず、彼は横たわったままだ。今日は赤と青のパンジーを持ってきた。

木々は色づき、冬が近いことを示している。


「……覚えてる?」


言葉が、ついて出た。そのまま私は思い出す。


「私ね、まだ貴方から返事を聞かせて貰ってないの。あの日……引越しの日に交わした約束の続きも、まだなんだよ。起きて、約束の続きをしよう、返事を、聞かせて。ずっと、ずっと待ってるんだよ、私。」


言葉が、止まらない。涙も溢れてくる。


「たとえ、君に味方がいなくても、私はずっとそばにいるから……ちょっと誇張しすぎだけど、それくらい君が大好きなの、愛してるの……。ねぇ、君の事が大好きな女の子が、隣で待ってるよ……?」


少し、自分を上にあげすぎている気がする。でも、これで良い。君の事を見ているって、私がいるって、伝えないと。


「……私を、置いていかないで……」



・・・



……声が聴こえる。


『約束だよ!大好き!』


これは、誰に言われたのだろうか。


『良かった、目が覚めて……。』

『……すみません……誰、ですか…?』


記憶を失った後の、初めての記憶だ。


『父さん!』


心臓が跳ねる。


『……しあわせに……いきて……』


父さん……こんな事を、言っていたのか……幸せに、生きる。こうやって記憶に囚われたままでいいのだろうか……


『好き——じゃないや………大好き!』


ひまわり。チューリップの髪飾りを着けた少女に、ぴったりの花だと思う。


……これと同じ言葉を、最近聞いたような——


『してくれないの?キス。』


キス……?彼女とは恋人だった?いや、違う——


『覚えてる?』


覚えて、ない


『起きて、約束の続きをしよう、』


約束——


点と点が繋がり、線になる。お父さんは僕を守ってくれた。生きてて欲しいから、幸せになってもらいたいから。彼女は僕に告白と約束をしてくれた。応えないなんて不誠実だ。だから——


・・・



「……お、はよ、う……」


僕の目が覚めた。

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